第9話 書けない理由とお好み焼き
「私もわかんない」
その後、改めて部長にしつこくお願いをしてみたが「できない」の一点張りで取り付く島もなかった。
仕方がないので日並に助けを求めたら、これだ。
一回書いたんだからわかんないってことはないだろう、と眉をひそめた。
「じゃあ去年どうやって書いたんだよ」
「勢いに任せて……」
「勢い?」
「私も書けなくて、夏休み最終日に部長に叩かれながら泣いて書いてた。だからあんまり覚えてない」
「宿題やらなかった小学生かよ……」
「だって部長は教えてくれないし! どうやって書けばいいのかわかんないし! 難しいんだよ!」
日並の叫びに俺は押し黙る。
実際は日並の言う通りだ。
頼りにする筈だった部長は書き方を教えてくれないし、ネットで調べても出てくる記事はイマイチ分かりにくい。
参考にするものが全くないのだ。
部長から小説を書くよう言われてから一日が経ったくらいなのに、俺達は既に手詰まり状態だった。
しかし、部長はどうして教えてくれないのだろうか。
教えることができない、とは言うがそんなことはないだろう。
いくら教えるのが下手でも何かしらのアドバイスくらいはできるはずだ。
「部長がなんで教えられないのか知ってる?」
「わかんない。私も去年なんで教えてくれないのか聞いたけど、答えてくれなかった」
日並は「天才故の悩みかもしれないね」と鼻下と上唇の間にペンを挟みながら答える。
その言葉が引っかかった。
「天才?」
「あれ、言ってなかったっけ。部長、一年と二年の時に賞取ってるんだよ」
「……マジかよ」
「だから意外と、そういう初歩的なこと教えるのは難しかったり?」
初耳だった。
部長ってそんな凄い人だったのか。
全然知らなかった。
「ね、私席外していいかな」
俺と日並が話をしていると、部長が気まずそうに席から立ち上がった。
短い後ろ髪に手を触れさせていて、気恥ずかしそうにしていた。
「ダメです。この部室から出たいなら小説の書き方を教えてください」
「そうですよ、部長。私たちは困ってるんです」
俺と日並も立ち上がって、部室の扉を塞ぐように手を広げる。
二人揃って大の字になって部長のゆく手を阻む。
「その話は私がいない所で話してほしいんだけど……」
だけど部長は本当に困ったように眉をハの字にしたので、俺達は目を見合わせてから腕を下した。
冗談のつもりだったのだが、部長はあまり触れては欲しくないようだった。
「ごめんなさい」と日並と共に頭を下げる。
「部長がいないときに話します」
「うん、ありがとう」
俺がそう言うと、部長はゆっくりと席に戻った。
俺達も自分の席に戻って、部長の前では賞や天才云々の話をしない取り決めをした。
その後は小説の書き方を調べたりと、あーでもないこーでもないと帰る時間まで話し合いを続けていた。
「しかし……いつの間にか仲良くなったね、君たち」
その話の途中、部長が呟いた言葉に、俺と日並は「え?」と間抜けな返事をした。
◇
その後、今日がスーパーマーケットのセール日だったことを思い出し、煮えきらないまま部室を後にした。
学校を飛び出し、坂道を下ってスーパーマへと急ぐ。
セール品を手に取り帰路に着き、玄関を開けたら手を洗ってエプロンを付けたら小百合と一緒に夕飯作り。
ドタバタした帰宅風景だが、これが文芸部に入ってからのおおよその日常だった。
「小説の書き方がわからない」
今日の夕飯はお好み焼きにした。
お好み焼きの生地をハンドミキサーを使って混ぜながら、俺は小百合に愚痴をこぼした。
小百合はお好み焼きの生地をフライパンに広げて、一枚目を焼いていたところだった。
「小説の書き方? なんで……」
「文芸部で書くことになったんだけど、唯一の経験者の部長がなんか事情があるらしくて教えてくれない」
「……それは、困るね」
「だろ?」
会話をしながら、小百合はぎこちないヘラ捌きでお好み焼きをひっくり返す。
ぐしゃり、と形が崩れて、しばらくじーっとお好み焼きを眺めてから、涙目になって俺の方を見てきた。
「……やり方を教えないのは、よくないよな」
「お兄」
「悪かったって。こういうのをひっくり返すときは皿を使ってだな」
小百合にお好み焼きのひっくり返し方を教えつつ、会話は小説についてのことに戻った。
「日並さん、は? 去年から文芸部に居たんでしょ?」
「そうなんだけど……うん。勢いに任せたとか言ってて参考になんなかった」
「えぇ……」
俺が文芸部に入部して小百合と一緒に夕飯を作るようになってから、俺は日並や部長のことを小百合に話していた。
顔も知らないのに話したってしょうがないだろ、と俺は言ったのだが、小百合は妙に文芸部のことを知りたがっていたので、結局話すようになっていた。
「そもそもお兄はさ、何を書きたいの?」
「何を書きたいってなにが」
「小説」
小百合の言いたいことがわからず、俺の頭にはクエスチョンマークが浮かび上がる。
そんな俺の様子を見て、小百合はすこし表情を曇らせながらため息をついた。
「お兄は、こんな小説を書いてみたい、とかないの」
少しの沈黙の後、ハッと気が付く。
そうだ、そもそも俺はこんな小説を書いてみたい、みたいな思いがなかった。
言い方を変えれば、どんなテーマにしたいのか。
どんな物語を書きたいのか。
どんなお話にしたいのか。
日並との会議では小説の書き方ばかりを気にしていたが、書けない原因はそれではなかった。
そもそもの話、こんな小説を書いてみたい、というビジョンがなければ小説が書けないのも当然だった。
「困ったぞ。ない」
「そんなことは……ないとは思うんだけど」
「え、なんで」
「お兄、昔小説っていうか、お話書いてたでしょ」
「え? なにそれ」
小百合の発言で急に流れが変わり、それに対して俺が間抜けな返答をした瞬間空気が凍った。小百合の表情が凍りついたように固まっていたのだ。
いや、でも、本当になんだそれ。
昔、俺が小説を書いてた?
そんな記憶は、ない。
俺が幼少期の話だったとしても、小百合が知っているのはおかしい。
いつの話なんだ?
と、頭を悩ませる。
「あっ、ごめん」
困惑する俺をよそに、小百合の表情に暗い影が差した。
小百合がそんな表情をする理由も、謝る理由も、俺にはわからなかった。
首をかしげる俺に小百合は取り繕うように微笑む。
「話、全然変わるんだけど……文芸部に入った理由、聞いていい?」
「小説読むだけで楽そうだったし、帰宅時間と活動日に自由が利くからだけど……」
「……そっか」
小百合との会話はそれで途切れてしまった。
妙にどんよりとした雰囲気の中、完成したお好み焼きと、少し崩れたお好み焼きをテーブルにならべて、席に着く。
俺が自分の茶碗にご飯をよそったところで、小百合が怪訝な顔をして呟いた。
「でもお兄。お好み焼きに白米は流石におかしいと思う」
「……いやいやいや、お好み焼きはおかずだろ」
「ありえない。それは関西の人しかやらない」
「関東人でもやったっていいだろ」
「おかしい」
「おかしくない」
それからくだらない話題に火がついて、夕飯を食べ終わる頃には何を話していたのかをすっかり忘れていた。
自室に戻って扉を閉じた瞬間、あれ? 小百合と何話したんだっけ、と自分のド忘れに気が付いた。
思い返して唯一記憶に残っていたのは『お兄は、こんな小説を書いてみたい、とかないの』という妹の一言だけだった。
そうだ、そもそもテーマとかを決めなければ書けないんだったな。
段々と思い出してきた記憶を頼りに、インターネットで小説のテーマ決めについて色々調べる。
変なうんちくを垂れている記事、堅苦しい説明をしているブログ、閲覧数がどうのこうのと喚いているサイト。
出てきたのは参考にならないものばかり。
結局面倒になった俺は、ベットに寝転がって不貞寝を決め込んだ。
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