第8話 部誌発行の宣言
「やっほ」
「よっ。日並、部長がなんか話あるって」
「珍しいね。なんだろ」
しばらくして日並がやってきて、自然と部長の机の前に集まった。
俺と日並は立っていて、部長は座ったままだ。
部長は俺達を一度見やると、頷いて妙に神妙な声で言った。
「夏休み明けにすぐ文化祭があるのは流石に知ってるよね? 二年生だし」
俺と日並は頷いた。
この高校は夏休みが明けてすぐに文化祭が行われる。
と言ってもちゃんと準備期間が用意されるので、実際の開催日は九月の最終週だ。
それまでは授業をやりつつの文化祭準備期間。
組ごとや部活ごとに催し物を行い、外部者も招いたりする結構な大規模なイベントだ。
去年は何やったっけ、と思い返す。
準備期間は何を作っているのかすらもわからず、ずっと段ボールをカッターで切り分け続けていたような気がする。
そして文化祭当日もずっと受付をやっていて、交代する筈のクラスメイトが待っても来なくて、客も誰も来なくて……。
うん、やめよう。
ボーっとしていただけですぐに終わったから直接的な精神ダメージは少なかったが、これは後に引いてくる。
俺は去年の文化祭の記憶を改めて心の奥底へと沈めた。
これでヨシ。
ふと隣を見ると、日並が頭を抱えていた。
なんだろう、日並も俺と同じような文化祭を過ごしたのだろうか。
いや、流石にそれはないか。
だけど彼女は、部長がこれから何を言うのかを知っていそうな様子だった。
「我々文芸部は、今年も文化祭で部誌を発行します」
凛とした声で、部長は言う。
日並は隣で「この時期が来ちゃったかぁ〜」と呟いて、俺はそれを聞いてからしばらく呆けた顔をしていたと思う。
「部誌……ってなんですか」
そもそもの話だった。
部誌ってなんだよ。
文芸部って文化祭で出し物するのかよ、と疑問が頭に浮かび上がる。
去年も文芸部って出し物してたっけ? と記憶を巡らせたが、先ほど封印した記憶が浮かび上がってきそうになったので慌てて考えるのをやめた。
「文芸部のみんなで、小説を書いて、冊子にするの」
「へぇ……そうなんですか」
「そうだよ」
「小説、書かなきゃいけないんですか」
「そうだね」
「俺も」
「うん」
どうやら俺も小説を書かないといけないらしかった。
思わず目を見開いてしまった。
「ちょちょちょ、聞いてないですよそんなの」
「えっ、一番最初に来た時もその後の部活説明の時も言ったと思うんだけど……」
「えぇ?」
部長は苦笑いを浮かべながらそう言い、日並も隣から「言ってたよー」と吞気な声で追撃してくる。
『まぁ簡単だよ。文化祭では部誌を作って、いつもは大体小説を読んでる』
そんなに言うなら、と一番最初に文芸部に来た時のことを少し思い返してみたが、そう言えばそうだ。言っていた。
なんてことだ。
この文芸部に入って三か月、今の今までこの部活を快適な環境で小説が読める場所としてしか認識していなかったのに。
入部時に随分と都合が良い部活だな、なんて思っていたが、とんだ落とし穴があった。
いや、よく聞いてなかった俺が悪いのだが。
だがそれよりも大きな問題があった。
「いや、あの、小説書けないんですけど……」
そもそもの話として、俺は小説を書いたこともないし、書き方すらもわからないのだ。
今になって書けと言われても書ける自信がない。
「ヒナちゃんも同じこと言ってたけど、書けたから。大丈夫」
渋い顔をする俺に反して部長は微笑むが、そんなのは全く励みにも参考にもならなかった。
「そんな長ったらしいのを書いてほしいってわけじゃないんだ。短編でもいい」
「まぁ、それなら……」
ここで俺がどうこう言っても小説を書かなければならないのは変わらないので、とりあえずは頷く。
短編でもいい、と部長は言うが、それでも書けるかどうか怪しいものだ。
「とりあえず、最終締め切りは夏休み終了まで。どんな感じのを書くのか知っておきたいから、来週あたりに一回どんな形でもいいから見せてくれると嬉しい」
部長の話はそれで終わりらしかった。
日並は渋々とした表情で席に戻るが、俺は立ち尽くす。
最終締め切りは夏休み終わりまでだが来週までに一回見せてくれ?
どうすればいいんだ。
頷いちゃったけど小説の書き方なんてわからないぞ。
いや待て、と一瞬にして閃く。
わからないなら教えて貰えればいいじゃないか。
幸いにも目の前には書ける人がいる。
もう二回も部誌を作るのを経験している人が。
「ん? なにかな」
立ったままの俺を不思議に思ったのか、部長は首をかしげる。
そう、この人に教えて貰えれば万事解決なのだ。
「部長、小説の書きかた教えてください」
「あー……」
しかし部長は俺の願いに、困ったように苦笑した。
「ごめんね。教えるの、できないんだ。私」
「えっ」
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