第7話 パンツなのに

「お買い上げありがとうございました~」

 満足げな声を背に二人は店を出た。抵抗虚しく、結局ヤスはヴァイオレットの燕尾服に花飾りのシルクハット、そして例の短パンに膝下まで伸ばした靴下姿という滑稽極まりない服装へとモデルチェンジしていた。

ため息交じりに横を見る。

「……して、貴様のそれはなんなのだ?」

 ぺリスもぺリスとて新衣装に着替えていた。肩を出したベストとミニスカート、ニーハイソックスがむっちりとした絶対領域を展開する。少し高めのパンプスとサラサラの青髪にはキャスケットが乗っかっている。それらすべてが純白な絹に金刺繍の乗ったスタイルとなっていて、豪華である反面気丈さも兼ね揃えたコーディネイトだ。鼓笛隊や魔法学校の制服に見えなくもない。

「今まで堅苦しい騎士服しか着ていなかったからな。この際私も着たい服を着ることにした。どうだ似合うだろう?」

 そういう彼女は見るからに上機嫌だ。キラキラのパンプスはスキップを踏んでいる。

 ぺリスの美麗な容姿もあって老若男女が振り返ること間違いなしだが、その内に潜むのは巨大魔獣さえ蹴散らすサドスティックの怪物だ。腰に引っ掛けた金鞭は邪気を失っていない。

「貴様にコスプレ趣味があるとは思わなかったぞ」

「パンツの収集癖に目覚めた変態に言われたくはない」

 二人並んでみればまるで大道芸人コンビだ。奇怪な目を向ける街人はどこぞのマジシャンか妖術師が国を訪れたと思っていることだろう。

 元騎士総団長と副団長の成れの果てとは夢にも思うまい。

「まあ良い!! 服装など小さきこと!! これで俺はようやく歩み出せるのだ!!」

 オマケで付いてきた銀装飾のステッキを天高く掲げた。

「パンティ探求の始まりだぁ!!」

「馬鹿者。家の家具を揃えるのが先だ。私をほこりまるけのソファで寝させるな」

 鞭に絡めとられた首。暴れるヤスはまたもぺリスに引っ張られる。


 ヤスはフライパンの上の山菜と鳥肉をひっくり返す。火を弱火に落とし塩コショウを振りかけて蓋をした。

「ちくしょうぺリスめ、散々連れ回しよって。日が暮れてしまったではないか……」

 あれから数件の家具屋と雑貨屋を行脚した二人は全身に買い物袋を引っ掛けながら帰宅した。

 時刻はすでに夕暮れ。日がなければパンティは拝めない。

「夜の訪れと共に姿を隠す……パンティとはまさに、陽光に似た存在だ」

「自分の口にしたことの気持ち悪さを自覚したほうがいいぞ、ヤス」

 振り返ると、新調したふかふかのソファの上でぺリスがくつろいでいた。料理を手伝うどころか部屋の隅に積まれた木箱の山を開ける素振り一つ見せない。

「ドラ猫のようにゴロゴロしているだけなら木箱の中身を出せ。ほぼ貴様が衝動買いした物だろう」

「いやだ。すべてお前がやれヤス。私はお前の飼い主様だぞ?」

 手を猫のようにこまねいている。腹立たしい。この特大猫には雑に作った猫まんまをバケツで差し出してやりたい気分だ。

「味付けを怠るなよ? 料理とは繊細だ。数秒の過信が味を落とす」

「目玉焼きを溶岩石に変える女の言うこととは思えんな?」

「私は食う専門なんだ」と言い張る彼女は騎士団時代、遠征先のキャンプで食材をすべてダメにしてしまい危うく一部隊を全滅させかけた過去がある。そのくせ自分はフードファイター顔負けの大喰らいなため部隊は常に倍以上の食料を準備する必要があった。

「一応聞くが……洗い物はどうする?」

「もちろんお前だ」

「食後のお茶とデザートは?」

「毎日用意しろ」

「そ、それらの買い出しは?」

「なんのために服を買ってやったと思っている?」

 これでは家政婦同然だ。パンティ探求に裂く時間は果たしてあるのか。

 パン生地を力いっぱいこねながら声を荒げた。

「俺は貴様の世話をするためにここにいるのではない!! 俺はまだ見ぬパンティを――!!」

「それなら見せてやろう。私の舌を唸らせることができたら、な」

 四つん這いになったぺリスはこちらに尻を突き出して妖艶に振って見せる。ひらひらのスカートの中は見えそうで見えない。

「……ふん、一飯の礼が貴様程度のパンティだけとは。肉を焦がしてやろうか」

「そう言っていられるのも今の内だ。今日の私はキワドイぞ?」

「……なに?」

「穴が空いているパンツを見たことがあるか? パンツなのに」

「――ほう」

 素早く蓋を開けたヤスは完璧な焼き加減を確認し、隠し味のスパイスを投入した。

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