第6話 こんにちわ

いったいどんなボロ雑巾を纏うことになるやらと心配したのも束の間、意外や意外ぺリスは高級衣服店の立ち並ぶ小洒落たエリアを訪れていた。帝国内でも随一のファッションストリートであるこの辺りは貴族たちが社交会で身に纏うドレスから舞台役者たちのド派手衣装まで、様々な衣服が売られている。たしか騎士団の騎士服もここらの店の仕立てだったはずだ。

 まともな服を買い与えてくれそうで一安心――とも言えなかった。

「ぺリス。これはなんなんだ?」

 首に巻き付けられた金の鞭。無理に逃げようものなら皮膚が裂ける。身体を覆った黄ばんだシーツも相まって犬の散歩のようだ。

「決まっているだろう。パンツに執着した異常変質者を連行中だ。ショッピングを嗜むご婦人のドレスを片っ端から捲られてもかなわんからな」

「ふんっ。捲るなど低俗な。俺には風を自由自在に操る魔法がある」

「騎士たちがそれを聞いたらさぞショックを受けるだろうなぁ」

 ぐいぐいと鞭を引っ張るぺリス。周りの視線が痛い。しかしもう少しの辛抱だ。服さえ手にしてしまえばこの帝国中のパンティを思う存分見て回れる。風魔法を極めた甲斐もあったというもの。

 到着した店は小城のような見た目の衣装店だった。カラフルな色合いの紳士服が店先のショウウィンドウに飾られている。

「いらっしゃいませ~」と女性オーナーの陽気な声がお出迎えした。眼が眩んでしまいそうな店内にぽかんとしていると、オーナーと話を終えたぺリスが戻った。

無理やり試着室に閉じ込められる。

「これから私が渡す服をすべて着ろ。一着十秒だ」

 強制と理不尽。文句を言う暇もなくカーテンの上から一着目が投げ込まれる。

「くそぉおおぺリス!! 元上官で遊びよってぇ!!」

 必死でズボンを履きシャツのボタンを留めた。向こうから呑気に流れるカウントダウンは少々早いように感じる……というか絶対早い。最後の三秒など一呼吸の間に経っている。

「ゼロッ」と同時にカーテンがこじ開けられた。なんとか肌身は隠せたがお世辞にも整っているとは言えない。

 十秒間では気が付かなかったが、身に着けたものは燕尾服に似た衣装だった。サーカスの団長や大道芸人が似ていそうなイメージがある。

「ふむふむっ……」と顎に指先を添えてじっくり吟味するぺリス。全身を凝視し尽くすと、首を横に振った。

「悪くはないが派手さに欠けるな。もっとこう、カーニバルっぽさが必要だ」

「貴様は俺をどうしたいんだ!? カーニバルっぽさとはなんの――!!」

 訴えはカーテンに遮られた。すぐに新しい衣装が投げ込まれる。この七色の羽根がびっしりついたジャケットはなんなんだ? 

「これでは街中など到底歩けんわ!!」

「些細なことだ」

「大問題だぁ!!」

 こうしている間にもカウントダウンは進む。感覚が正しければ八秒から始まったような気がしてならないのだが? 羽根ジャケットの着にくさが仇となりズボンが間に合わなかった。

 カーテンを開けたぺリスはにんまりと片方の口角を上げる。パンツ姿がそんなに嬉しいのか。

「ほう、なかなかの仕上がりだ。型は決まりだな」

「何を言っているのかさっぱりわからん!!」

 案の定視界が遮られる。それから十数回に及ぶ高速着替えが目まぐるしく過ぎ去り、壁を背に倒れ込んだところでぺリスが指を鳴らした。

「それだ。ぴったり合致したぞヤス」

 ぐるぐると回った眼を身体に向けてみる。そこには意外にもまともな衣装が細身に張り付いていた。

 一風変わったヴァイオレットの燕尾服。色は派手だが最初に着たものと似ている。

 服装を整えてみればより一層気品のようなものを感じた。同色のシルクハットを被ってみればエンターテイナーやショーの司会者を連想させる。シルクハットのツバや胸元を飾った花飾りが多少目を引くが、今しがた着せられた服とも呼べない代物に比べれば何倍もマシである。

「ま、まぁこのくらいなら良いだろう。着てやろう」

 身体を振ってあちこちを確認する中、ぺリスがオーナーにとんでもない一言を言い放った。

「ズボンだが股下でスッパリ切り落としてくれ」

「ちょっと待てぇ!!」

「なんだ? なにか不服かヤス?」

「不服も不服だぁ!! 股下だと!? 上はそのままでか!?」

 もちろんだと頷いたぺリス。自身満々に腕を組む。

「強烈な変態感を放つ衣装がよかったんだ。いいものができそうでなにより」

 そのための連続試着だったらしい。彼女は服を着てなお、何も着ていない方がマシと思わせる恥辱を探していたのだ。上が燕尾服で下が短パン。細身も相まって放つ変質者オーラは相当なものになると容易に想像が付く。

 粛々と裾上げの準備を始めたオーナーを横目に訴えを起こした。

「そんな格好をした奴は見たことがない!!」

「だから良いのだろう?」

「お、俺は脚が長い!! 履いていないと思われる懸念がある!!」

「だから良いのだろう??」

「おおお俺は男だぁ!! 付いているものが付いている!! こんな短くてばこんにちばの恐れが――!!」

 ぐい、っと顎が指先で上げられた。

「だから、良いのだろう????」

 肉薄した女の顔は悪魔の顔。容赦なく禊の鉄槌を振り下ろし、人権を奪う。

 パンティ探求の覇道は、第一歩目を踏み出す前から苦難に見舞われていた。

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