第5話 服も無い
高名な騎士を目指し辺境の村から上京したヤスは騎士学校で優秀な成績を収めた。一度決めたらどこまでも努力するまっすぐな性格が功を奏し成績は常にトップ、実戦の腕前でも同じ学生では相手にならず特別に教官陣が剣を握るほどだった。その力は騎士団に入隊しても衰えを知らず、目まぐるしい速さで功績を積み上げ、いつしか二十代半ばという異例の若さで総団長の地位に立っていた。年齢や地方平民の出ゆえによく思わない者も少なくなかったが、それ以上に彼の圧倒的な力に魅入られる者が多くいた。
帝国史上最強の騎士。皇帝の懐刀。様々な異名を欲しいままにし、彼の扱う風魔法は一度発動すればどんな戦も終結させる帝国最強の兵器『帝風魔法』の名で呼ばれた。
騎士も、貴族も、皇帝でさえも認めた大騎士アムリヤス=フェルドナード。栄誉を称えられ、生まれた村の名をアムリヤス村へと変えた帝国騎士団総団長。街を歩けば民が勝手に道を開け頭を垂れる稀代の大英傑。
そんな男は今、お使いに時間がかかったというチンケな理由で踏み付けられていた。ぐりぐりと踵を押し付けられる脇腹がとにかく痛い。
「パンはヒエヒエ。紅茶は苦い。エッグサンドを選ぶとはどういうセンスだ? ここは八〇二のあんまんに決まってるだろう」
頭上から浴びせられる叱責に口を震わせる。
「しょうがないだろう! 警備に追われて夜の街を散々走り回ったんだ! 俺を見るパン屋の眼つきを貴様にも見せてやりたい!!」
まるで汚物でも眺めるかのようだった。差し出した硬貨はいつまで経っても受け取ってもらえず、トレーにそっと置いて帰ってきたのだ。
「民草どもめ!! 俺のことを一夜も経たずして忘れたか!!」
忘れたというより風貌が変わり過ぎて気付かれていなかったのかもしれない。
不満を口にするたびにぺリスは口角を緩ませる。この女どこまでサドスティックなんだ?
「まあいい。今回は許してやろうヤス。ほれ、褒美のパンティだ」
ぺリスは横たわるヤスの頭を跨いだ。
ロングスカートに覆われ、真下から見上げるパンティも趣のあるものではあった。が、しばらくの間その縞々を観察し続けた結果、ある事実を確信した。
「ぺリス」
「どうした? 興奮しすぎて言葉も出んか?」
「いや、そうじゃないんだ。生憎これではご褒美とはいきそうにない」
鼻を鳴らし、柔らかい縞々から目を背けた。
「これではまったく興奮しない。姫様のような鼓動の高鳴りを一切感じないのだ――」
スカートから引きずり出されたヤスは天井に宙吊りにされ、ボコボコになるまで鞭で打たれ続けた。これがヤスとぺリスが共に過ごした、最初の夜の出来事である。
翌日早朝、獣のようなイビキを立てるぺリスを尻目に大掃除作戦を決行した。蜘蛛の巣を火炎魔法で焼き払い、溜まった埃を風魔法で吹き飛ばす。配管など金属の錆はしかたがないのでとにかく全力で磨いた。トイレも王城顔負けのピカピカ具合に仕上げる。不要物は倉庫の裏手に放り出し、状態の良い絨毯をそれっぽく敷く。錆臭さが抜けるまで水道とシャワー全開放し、空気を入れ替え、暖炉に薪をくべた。道沿いで鳩にパンを撒いていたおじさんに引っ越しの挨拶を済ませると少々パンを分けてもらう。
眉が曲がり、べっとりとよだれの跡が残った寝起きぺリスの前に食パン二枚と紅茶を並べ、そしてテーブルに頭を打ち付けた。
「服を買ってくれ!! なんでもいい!!」
くるくると青髪を指先で弄ったぺリス。頬杖をついて吐き捨てた。
「私の髪を梳かせ。全身をマッサージしろ。人の歯を磨いたことはあるか?」
瞳がこぼれ落ちそうになるほど睨み付けたが、服のため、最低限の人権のため、ヤスは櫛を握った。
歯を喰い縛りながら三つの労働をやり終えた。髪に櫛を入れれば「強いわ下手くそ」と罵られ、マッサージをすれば「弱いわ下手くそ」と罵倒され、歯を磨いてやればむせ返った口から歯磨き粉がべちゃべちゃ顔面に飛んできた。
「お子様か貴様はぁ!!」
「主従関係なら当然だ」
「ウソを付け!! これほどの過保護見たことも聞いたこともないわ!!」
顔を洗い終えると、怒りに震えた指先で我が主を指す。
「さぁ、成すべきは成したぞ……!! 俺に服を!!」
ぺリスは見納めだと言わんばかりにパンツ姿のヤスを目に焼き付ける。頭頂部から足の指先まで観察し終えるとこくり頷いた。
「いいだろう。してヤス。お前は先ほど、服はなんでもいいと、そう言ったな?」
猛烈な嫌な予感を感じ取ったがこの際だ、警備に追いかけられず街を出歩ける格好ならなんでもいい。その旨を伝えると、にんまり笑った彼女はベッドシーツを投げつけてきた。
「今のお前にぴったりの服を見つけに行くとしよう。さぁ、変態ファッションショーの始まりだぞ」
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