第4話 お金が無い
「ふん!! 名など好きに呼べぃ!! すでに王城を出た身だ!!」
アムリヤス――もといただのヤスは今にも砕けてしまいそうなボロボロの机を叩いた。正面に腰かけたぺリスは錆びたコップで紅茶を嗜んでいる。
寝床を求めて街を彷徨った二人は、都の外れに広がった旧市街の片隅に総団長名義の備品庫があることを思い出した。今はもう使われなくなった木造のボロ屋で、管理書類も書庫の奥底に眠っている。こっそり住み着いたところで誰かに咎められる危険性はまず無い。
住処にはうってつけの物件だったのだが――。
「鉄の味しかしない」
宮廷御用達の高級紅茶をすすったぺリスだったが口元はこれでもかと歪んでいる。最後に開けたのはいつなのかすら定かではない倉庫だ。水道が生きていただけでも奇跡である。
「これなら水路の水でも汲んだ方がマシだ。明日までに洗っておけ、ヤス」
「そんなことをしている隙などないわ!! 俺はパンティを探さねば!!」
「また街中で倒れるぞ? パンツ一丁の変態を回収する私の身にもなれ」
確かにそれは困る。作戦行動の基本は安定した衣食住だ。水は錆臭く、蜘蛛の巣だらけの住処は犬小屋に劣り、身に着ける物は未だにパンツだけ。
「ふむ。至急服を着る必要があるな」
「なぜそれが最初なのだ? まともな食い物を用意して家を掃除するのが先に決まっているだろう。お前が服を着るのはそのあとだ」
パンツ一丁で食料を調達して掃除をしろと言うことらしい。さすがは飼い主様だ。しかし、それらはなんら難しい話ではなかった。
「食料など市場で買ってくればいいだけの話だ。部屋の掃除も業者を雇えば一日とかからん。服だろうがなんだろうが、金さえあれば容易いことさ」
「金はあるのか?」
「手持ちはない。だがティーパン銀行の金庫を開ければ札束の山が三つはあるさ」
総団長として積み上げた資産はそのへんの貴族を遥かに凌ぐだろう。倹約家な性格もあって相当な額が溜まっているはずだ。
ぺリスは無言でリュックサックから一枚の紙を取り出した。
「お前の口座の債務書だ。凍結されたらしい」
「なにぃ!?」
それを荒々しく掴む。並んだ文字に目を走らせると、確かにそこには銀行口座が凍結された旨が難しい言葉の羅列で書かれていた。
「姫様にあんな無礼を働いたんだ。当然と言えば当然だろうなぁ、ヤス」
「ぐぬぬ……!! アイツらぁ……!!」
「不敬罪で打ち首もありえたのだ。パンツ一丁放り出しと口座凍結程度で済んだ恩赦に感謝しろ」
債務書を半分に破り捨てぺリスを指さした。
「き、貴様の口座はどうなんだ!? 凍結されたのか!?」
「いや、私のは無事だが?」
「ならば貴様が金を出せばいい!! 元副総団長ならたんまり眠っているだろう!!」
首を傾げた彼女。指の間に挟んだ一枚の硬貨を放り投げた。小屋の戸に当たり、チャリンと音を鳴らす。
「今すぐに私の飯と水を買ってこい。それと、私の金は私のモノだ。変態にやる金などびた一文とて無い」
彼女はテーブルの上で脚を組みロングスカートを捲し上げた。ひらひらと揺れるレース生地の隙間から緑の縞模様が覗く。
「ほれほれ、貴様の大好きなパンティだぞヤス。じっくり見たかったらダッシュで行ってこい」
昨日までのぺリスならば考えられない横暴な態度。本当に同じ女なのかこいつは。
「く、くそぉおおおお!!!!」
ヤスは硬貨を拾うと同時に戸を蹴破り、日が沈む街へとダッシュした。パンツ一丁の変態の出現に街人たちからは次々と悲鳴が上がる。
背後を振り返ると、閉まってゆく戸からぺリスの愉快そうな笑みが見えた。
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