第3話 ただのヤス

ぺリスのを含めいくつかのパンティを確認した。模様、形、色合いは様々だが等しく関心を覚えた。新しい術技や剣技を覚えた感覚に似ていたが、どこか共通する要素があるのかもしれない。

「ふうむ――」

アムリヤスはパンティを分析する。なぜこうも興奮を覚えたのか? その根本に潜む魅惑の正体とは? というか、見方を変えればただの布切れ一枚では?

「たかがパンティ……されどパンティ……か。難解な」

 脳内を疑問符が支配した瞬間、ぐらりと視界が揺れた。自分が倒れ込んだ事実に気が付くまで数秒の時間がかかった。原因は明確だ。

「――水も飲まずにパンツのことか? この変態が」

 くすんだ瞳には数時間前に鑑賞したばかりの緑の縞々が映っていた。

「ま、またぺリスか……。して貴様、その言葉遣いはなんだ……?」

「総団長でもなければ真っ当な人間でもない変態に言葉遣いどうこう言われる筋合いはない」

 それもそうである。切り替えが早い彼女らしい。

「……ふん、変態は余計だ。俺はある種の美術品を鑑賞して回っているんだ。それがどういうわけかスカートの中に飾られているからあの手この手で覗いている」

ぺリスは「まさに変態の二字に相応しいな」と息を吐く。

「パンツとは履くものだ。女のスカートの中にあるのは当然だ」

有無を言わさず水筒の水を口に注いできた。

「ぶっぶはぁ!! 貴様なにをやって……!!」

「蘇生だ。街道に横たわった変態にしょうがなく水をやっている」

「手荒いわ!!」

 ゴホゴホと咽返りながら水攻めから逃れる。一応喉は潤ったとはいえ文句の一つでも言ってやろうとかぶりを振ると、彼女の服装が先ほどと変わっていることに気が付いた。

 チェック柄のシャツにロングスカート、編み込みのサンダル。

 荘厳な騎士服とは似ても似つかない身軽なラフファッションに様変わりしている。

「その服は? 貴様の私服など初見だが」

ぺリスは手のひらで頬肉をぐにっと持ち上げて不服そうな顔を作った。

「騎士団を追われたんだ。大衆の面前で姫様の下着を頂戴しようとしたどこぞの団長のせいで」

 驚きに頭を上げる。彼女は関係無いはずだ。

「これは俺がやったことだ!! なぜ副騎士団長である貴様までもが追放を受ける!?」

「連帯責任、というやつらしい。上官の淫行を抑制できなかったからな」

 理不尽さに怒りが込み上げてきた。常に出世を目論む小賢しい騎士のやり方だ。付け入る隙が亀裂ほどあらば難癖をつけて代替わりを企てる。総団長がクビならばその副官を務めた彼女も一緒にというわけだ。

「卑怯な……!! それが人の上に立ち国を想う騎士のやることか!!」

「今のお前が言っても説得力はなにもないぞ変態」

「さてっ」と立ち上がった彼女はスカートの土埃を払うと、軽やかな手つきで金色の鞭をしならせた。今まで何千体もの魔獣を葬ってきた帝国守護の金鞭に首を巻き取られる。

「な!?」

 首ごと引っ張り上げたぺリスは発端の変態に顔を近づけた。

「さて、どう落とし前を付けてもらおうか――」

 ようやく彼女が訪れた意味を理解した。大帝国ティーパン帝国騎士団の副総団長という輝かしい名誉を取り上げられたのだ。長年の鍛錬や功績もすべて水の泡。その原因は明白だ。

「俺に……報復に来たということか……!! ゙冷徹姫゙の二つ名に相応しい――!!」

「――責任を取れ」

思考が停止した。ぽかんと口を開けると、ぺリスが更に鞭を引っ張った。

「聞こえなかったか? 責任だ。お前には私を破滅させた償いをしてもらう。全力で私の世話をしろ。飯を作れ。洗濯しろ。風呂を沸かせ。跪いて爪を整えたあとは背中のマッサージを忘れるな」

 償いの条件をつらつらと並べたぺリスはにやりと笑った。

「大手を振って喜べ。私が飼い主になってやる。犬に堕ちたお前にはアムリヤス=フェルドナードなどという大層な名はもったいない。そうだな……」

 視線で舐めまわしたぺリスは一つの蔑称を告げた。

「――ヤス。お前は今から゙ただの゛ヤズだ」

 こうして騎士団を追われた二人は主従関係を結んだのだった。

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