いいお土産ができたぜ 2

項垂れた岩村が再び顔を上げると、そこには緑色のくたびれたオッサンカッパがいる。


「きめーな」

と思わず口走ると、カッパは黄色い歯をニッと見せて笑ってくる。


「オラ、本当はその言葉がどんな意味かわかっとるよ。感謝を込めて、お土産をやるでな」


と言って、手に持った何かを差し出してきた。

綺麗な緑色をしている。太陽に照らされてテカっと光っているような。


「これ、何だよ」

岩村は何の考えもなく手を差し伸べていた。

なんとなく既視感デジャビュを感じたからだ。

少年だったあの日、川の底で見つけた宝物のような気がした。


手のひらにベチョっとした感覚。

とたんにプーンっと、あの臭いが香ってきた。


「おまぇえ!」


気付いた岩村は力一杯、カッパの顔面にそれをぶつけた。


「なにするのよ」

カッパがアレにまみれた顔で、なよっと口走る。


「何てもんお土産でくれてんだ、クソが!」


カッパは言う。

「その通り、クソだなむ」


カッパは、その辺の葉っぱで顔をフキフキした。


岩村は、そう言えば湖畔で野グソしてて紙が無くて葉っぱでケツ拭いた替え歌あったよな、と思い出した。


あの歌、ケツを葉っぱなんかで拭いたからケツ切れたんだったよな、と。


「ちょっと付き合えや」

岩村はすっかりトゲトゲになった心を宿した瞳で、クイっとカッパに目配せする。

橋の下へ行こうと言うのだ。



一生懸命、金玉川の美しい水で手を洗う。

そして、コロナ禍ですっかり必需品になっているハンドジェルを、これでもかというほど手に刷り込んだ。


「そんなにばっちいもんでもないがな」

と聞こえてきた酒焼けでしゃがれた声に、岩村はキッと睨みを効かせる。


カッパは呑気に、そこらの畑で見つけてきたであろうキュウリを頬張っていた。


「びしょってぇオッサンだな!」

アレの付いた顔を葉っぱで拭っただけの手でキュウリを頬張ったり、畑からそのキュウリ盗んできたり。

色んな意味で汚いオッサンだ。



「まー、これを見ぃ。そんな汚れてしまった悲しみの小僧っこに、面白いもん見せてやるに」


「誰が汚させたんだよ(本当の意味の)クソが!」


と、岩村が二度、ん?ん?と振り向いた。


カッパが合羽を着ている!



「どうしちゃったんだよ、ソレ」


脱皮しかかってんのか?という感じの合羽だ。

しわくちゃの翁の面も付いてるし、しっかり亀の甲羅も背負っている。しかも緑色で。

ただ、その合羽にはオッサンカッパにはない嘴が付いている。

そしてそれを着るカッパとは。

きめーな、と言いそうになるのを抑えて、さっきと同じことにならないように言葉を選んだ岩村。


「それで、何してんの」


「見て分からんか。野グソだよ。これで、隠れてできるから便利だなむ?」


「きめー!やっぱ野グソかよ。全然隠れられてねーじゃん」


きっと、あの合羽の下には緑色のキュウリだったあのブツがあるのだろう、と岩村は思った。


「まあ聞かんか。小僧っこ。お主、仕事で上手くいっとらんのだろ?オラほぅにいい考えがあるに」


「何だよ、お前にとっちゃそんな些末なこと、何で知ってんの」


「小僧っこは不思議に思わんか?お主と一緒に川で遊んだ友達が、何で皆、成功しとるのか」


「な、何!?」



岩村は思考を巡らせた。

皆、成功しているのに、自分は成功していない。

それは事実だ。悲しいな。

そして、アイツらは自分と同じ体験をしている。

川でファンタジックに緑色の女神に出逢っている。


ま、さ、か。


あの女神に出逢ったことがトリガー的な何かになっているのか。

あの女神が、成功するファンタジックでファビュラスなファファファな何かに!


「オッサン!爆乳に会わせろ!」


「はぁ?」


「爆乳だよ爆乳!緑の!お前の知り合いかエイリアン仲間かなんだろう?」


「エイリアンじゃないなむ。オラの女房だに」


「にょうぼう!?にゅうぼうじゃなくて?とにかく会わせろ!」


「会わせたくないのう。オラの恋敵か、お主」


「ちげーよ。何が悲しゅうて緑の爆乳取り合わんとならん!」


これは話しがまとまりそうにない、と思った岩村。


「その合羽、何で見せたの」


岩村のその問いに、カッパは真面目な顔になった。



「自慢じゃよ」



「何だよ自慢かぁ」

と、微笑む岩村はその顔のままスゴい勢いでカッパに殴りかかる。

「ヒトをバカにすんのもいい加減にしろ」

笑顔の額に血管が青く浮き出ている。


「オラの女房からの誕生日プレゼントなんな」

カッパはシュンとしている。

岩村は手を止めた。



「オラの女房、昔は天然系巨乳美少女カッパでな。それはそれは可愛かったんだに」



「へえ」


っつってな。くれたんだよ。あの、大雨の降る素敵に稲光りの轟く日にな。大雨が、緑の血を洗い流してくれるようじゃった。緑色の返り血で、彼女の流しているのが涙なのか分からんかった。歓喜しているのか、頬をポッと赤く染めてな。稲光りに照らされた顔は、恐ろし、いや、間違えた。とても無邪気で可愛かったなむ」


「待て待て待て待て!」

岩村はゾッとして突っ込んだ。

「今のなんだって?貴方みたいなイケメンがいたから、合羽にしてみたのって?甘酸っぱい青春の1ページみたいな語り口で言ってるけど!」


「オラの女房、サイコパスでキラー」


「題名みたいに言ってんな!」



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