川のカッパカ野郎!

久保田愉也

いいお土産ができたぜ 1

夏になると地元の川に行きたくなる。


その川は、透き通ったエメラルドブルーでとても綺麗なのだ。

幼い頃、友達と一緒にその川で遊んだ。

あの時のことは鮮明に覚えているつもりだが、なんともファンタジックな思い出になっている。


蝉の声をかきけすように、橋からジャブンっと水中にダイブする。


その川は金玉川(こんたまがわ)。

昔はこの川から砂金が採れたらしい。


幼い岩村は言い伝えを守らなかった。

「あの川をきんたまがわと呼んだらイケンぞ。呼んだらその瞬間、恐ろしい緑の神さ、尻子玉引っこ抜くでな」

婆ちゃんが恐ろしい形相で言っていたが、岩村はそんなことは忘れてしまった。


調子をつけて、

「きーんたーまがーわ、きーんたーまがーわ」

と友達と歌って楽しんだ。


すると、その調子に乗りながら踊ってダイブした友達の一人が水面に上がってこない。


とたんにヒヤリとした岩村は、助けに飛び込んだ。


友達は川の底で綺麗な砂のような物を掬っている。


良かった、生きている。

安堵して近付くと、岩村もそれに触れてみた。


綺麗な緑色に光る砂だった。



「お前ら、それに触れたらいかん。くたびれたオッサンになってしまうに。それに触れたらいかんなむ」


そんな綺麗な透き通った声が聞こえた気がした。

すると目前に巨大な緑色のおっぱいが現れた。


何だこれは?

と思っていると、体が川から弾き出された。



「大丈夫か、ガンちゃん、テツ!」

岩村と、一緒に緑色の砂に触れたテッちゃんが、他の友達に顔を覗き込まれる。


「大丈夫かって、オレはお前らの方が心配だよ」

岩村の目には、顔面蒼白のテッちゃんの妹のヨリと鼻血を噴出させているダイちゃんとカズがいた。


「あれ、スゴかったよな」

「な。あんなん母ちゃんの比じゃねぇよ」

と、ダイちゃんとカズ。



テッちゃんの妹のヨリが言った。

「あんちゃん達、川の神さ助けてもらったんだに。もう十五分も水の中にいて、死んでまった思ったんなむ。心配しただよ。川の神さ助けてもらったんだに」


なんでも、緑色の川の女神に抱かれて、岩村とテッちゃんは川から上がり、助かったのだという。


その緑色の女神のおっぱいはとんでもない爆乳だったという。



今思い出してもありがたい話しだった。


岩村は思う。

その爆乳に再び出会いたいと。



爆乳に出会いたい、と言いたくもなる。

頑張って入った会社、名古屋の支店に配属されて十五年になるが、昇進も昇格も昇給も何もない。

高校からインターンで頑張っているが、下働きで使うだけ使われて、すっかり身も心もくたびれたオッサンと化している。


テッちゃんは中卒で会社を立ち上げたやり手で、ダイちゃんと二人で大企業に下克上できるくらいのスゴい活躍具合だ。

カズは実家のリンゴ農家を継いで、テッちゃんの妹のヨリと所帯を持って、地元を盛り上げている。


岩村は孤独を感じていた。


オレだけ、世間に食い荒らされるだけ食い荒らされて、使い物にならなくなっているんじゃないか。


ガンちゃんと呼ばれていたあの頃に戻りたい。

テレビのなかの、あのイケメンのガンちゃんにとってかわりたい。


ムシャクシャして歩いてきた岩村は、金玉橋の上に来ていた。


「金玉なんて一つも流れてねーじゃん!きんたまがわの癖に!」

怒りを込めてそんな意味のないことを叫んでいた。


すると、金玉川のほとりに、一際目を引く全身緑色の人物が居るのが見えた。


ヤバい、聞かれてしまったか。

と思った岩村は、目を剃らそうとする。


しかし、目を剃らせない事態になっている。

その全身緑色の人物は、しゃがみこんだと思うと野グソをし始めたではないか。


へ、変態がいる!


「お巡りさーん」

と、橋の向こう岸の坂を登った所にある駐在所に聞こえるよう、大きな声で言ってみた。


誰もこない。


右往左往して待ってみるが、来ない。


すると、その変態はこちらに親指を立てて、日に焼けた黒い顔で輝やかんばかりの笑みを向けてきた。


おのれ、余裕だな。変態の癖に。

「お巡りさーん」

岩村が再び叫ぶと、耳の近くで「しー!」という酒焼けでしゃがれた声が聞こえてきた。


ドキっ!

嘘だろ、瞬間移動でもしたのか?

ドッドッドッ。

高鳴る鼓動。恐る恐るその声の方を振り向くと、家にある古い能面のうめんのようなおきなの顔がある。


「ぎぃぃぃやあああああ」


思わず叫んでいた。



「オラのイケメンっプリに黄色い声援を送るとは、可愛い小僧っこだの」


翁の面が喋った!

いや、ちょっと待って。言い返したいこと山程ある。


「お前、イケメンでもなけりゃ、黄色い声援なんて送ってねーよ。昭和アイドルか、ハゲ!」


「ハゲって、オラの頭は皿がついているだけだなむ」


皿?

と岩村は翁の頭をまじまじと見る。

ピカッと光るその頭は、確かに皿のようだった。

毛のような?トマトのヘタのような物が周りについている緑色の皿だ。


よくよく見れば、翁の顔も緑色だ。


「きぃんもっ」

岩村の口から変な言葉が出ていた。


「キモ?肝はオラ、昔好物だったよ」


「怖っ。何の肝が好物なんだよ。あ、いや、それは言わなくていい。お前、ただの変態じゃないな。お前、あれだろう。この川に住むという噂の」


「しー」

とイケメン風の目配せで、口に人差し指を立てる翁。


「きめーんだよカッパぁ」

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