第2-3話 多数決は正義か否か

 体育館、いや、サッカー場の中程までくるとポヨンポヨンと跳ねている物体が見えてきた。


「それでは順番にモンスターを倒した後は、このデバイスを渡しますので初期設定をして貰います」


 先生がスマートフォンを持ち上げて見せる。


「ちょっ、先生! それってメルリン社製の最新のePhoneだったりします?」

 ぼさぼさの長めの白髪を雑に後ろにまとめた黒い丸眼鏡の男子生徒が食い入るように先生へと詰め寄る。


「ちょっ、落ち着け、えーと……」


立秋たちあき佩刀はかせです。生産科で研究方面をやりたいと思ってます。で、そのフォルムは年末に出たばかりのePhoneですよね、それ、品薄で手に入らなかったんですけど、貰えるってことですか?!」


「ほら、落ち着け。ウチに入ったらこのスマホ、いや、デバイスは必須だから肌身離さず携帯してもらうことになるぞ」

 弥生やよい先生が男子生徒の首根っこを掴んで引き離す。


「えーと、先に説明しておくと、これはメルリン社製の『æPhoneS(Aether Phone for Seeker)』、市販品ではなく探索者シーカー専用の特別モデルだ。この学校の生徒の身分証明書も兼ねることになる。なお、軍事機密品にも指定されているので取り扱い注意だな」


「……ふぉぉっ!」

 男子生徒が声もなく興奮しているのがわかる。


「モンスターを倒した者から順に渡すから、最初は……ああ、立秋からで良いぞ。しっかりと狙って竹刀を当てさえすれば良い」


 今にも飛び出さんとしている立秋君が一番にモンスターへと挑むことになった。


―― ボヨン、ポヨン


 サッカーボールより一回り小さい半透明な物体が気ままに跳ねている。その中には黒い球のようなものも見えた。


「こちらから攻撃しなければ襲ってくることはないから安心して竹刀で叩けばいいぞ。ちなみに弱点は中に見えてる黒いところだが、そんなところ関係なく表面の皮を破れば倒せるから気にしなくても問題ない」


 待ち切れない感じの立秋君を前に一応の説明が入る。ただ、ベータテスターであれば軽く当てるだけでも倒せる相手らしい。


「それでは、行きます」

 立秋君が竹刀を片手にスタスタとモンスターに近づく。


「あいつ、生産科と言ってたけど強いな……」

 隣にいた蒼真そうまが呟く。


「はっ!」


 跳び上がったモンスターは掛け声と共に竹刀で貫かれていた。


「おぉーっ!」

 観客と化していた他の生徒からも感嘆の声が漏れる。


「先生、これで合格ですか?! その『æPhoneS』貰えるんですよね、とりあえず、触っていいですか――」

 立秋君は小走りで戻ってくるなり満面の笑顔で先生に詰め寄っていた……



 ◆ ◇ ◆



「ほうほう、これが『æPhoneS』かぁ、みんなとお揃いだね」

「まさか最新機種がこんなことで手に入るとは思っても見ませんでした。この機種はカメラもかなり良くなったって聞いて気になってたんです」

「うぉっ、マジかよ。これ、市販の最新機種よりかなり容量多いぞ。これなら諦めてたゲームのインストールも……」


 全員が卒なくモンスターを倒し終え、配布されたスマホ、いや、先生曰く『デバイス』に夢中となっている。


「はい、ちゅうもーく!」

 手を打ちならした先生に注目が集まる。


「この『æPhoneS』について大事なとこだけ説明します。細かいとこやわかんないとこは専用SNSのクラスグループで立秋君にでも聞いて下さい。それでは……」


「せんせー! ちょっと、先生! SNSのクラスグループってもうクラスが決まってるってことですか?!」

 説明を始める先生のクラスの言葉に驚いた朔良さくらが声を上げた。


「ああ、そうですね。あと半分ほど追加されますが、ここにいる皆さんは同級生、同じクラスで確定です。パーティ申請があったグループから優先的に振り当てて決めてますので、ああ、もしかしてクラス分けの学力試験とか聞いたかもしれませんが、それはパーティ申請がない場合や編入する場合ですね。それから、一年生、というか、最初は探索科と生産科の区別はないので同じクラスです。よろしいですか――」


 入学前の学力試験が無いと聞いて崩れ落ちる朔良をよそに説明が進む。


 この『æPhoneS』は探索者専用に開発されたスマートフォンであり、通称『デバイス』と呼ばれる。

 生徒手帳も兼ねており、身分証明書となるアプリもプリインストールされていた。


 そして、探索者専用のアプリも幾つか含まれており、その一つがモンスター図鑑だ。


「では、『モンスター図鑑』の使い方を説明する。とは言っても、このようにカメラでモンスターを撮るだけだ」


 先生の指示に従い、ポヨポヨしているモンスターを撮影する。


「『水饅頭』? って、これ撮影すると鑑定できるのか?!」

『鑑定とかモンスターや人のステータスを見るスキルも機能もないぱうよ?』

 ワンコの声はともかく、撮影するとモンスターの写真と名前が表示された。


:――――――――――――――――:

名称:水饅頭

説明:サッカーボールより少し小さいくらいの不定形のモンスター。

   中央に弱点となる黒い球がある。

   食用になるかは未検証。

❤ 11

:――――――――――――――――:


「おお、ホントだ中々にうまく撮れたと思うんだけど、カイ、どう思う?」


:――――――――――――――――:

名称:Ms. Manju

説明:サッカーボールより少し小さいくらいの不定形のモンスター。

   中央に弱点となる黒い球がある。

   性別があるかは未確認。

❤ 2

:――――――――――――――――:


 蒼真がデバイスで撮った写真を見せてくるが微妙に名前が……いや微妙な名前で笑う。


「『水饅頭』とか『Ms. Manju』とは皆ふざけ過ぎではないでしょうか? ここは『水より出でし混沌』に……あ、ちゃんと新規登録できるみたいですね」

 綿貫わたぬきさんは、なにやら黒い笑みが漏れている気がするので触れない方が良さそうだ。


「……撮影したモンスターはデータベースから検索され、既知のモンスターであればその名前や説明が表示される。これは、集合知とAIから未知のモンスターの情報を鑑定する最新の技術を使用したアプリだな。ちなみに『❤』のところで投票が出来て名前等を正式決定する際に考慮されるからな」


 『鑑定』スキルのないシステムでのアプリによる代用。技術は思った以上に進化しているようだが、集合知に投票、本当に大丈夫か?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る