第1-6話 ファンブル or クリティカル

綿貫わたぬきさんってあんな人だったの?」

 少し離れたところでコソコソと朔良さくらに話しかけた。

 長い黒髪に黒縁メガネのいかにも文学少女っぽい彼女だったのだがあんなに暴走気味に喋るとは思ってなかった。


「んー、御夜みよちゃんはいつもはとってもおとなしいんだけど、興味のあることになるとあんな感じかな。ちなみに、ラノベとかは読まないんだけどかなりのファンタジー好きだよ」


 ちなみに図書委員長だったらしく、その関係で図書室に居たようだ。


「さて、幸いモンスターはこの本棚の道、道と言っていいかはわからないけど、ここまでは登ってこないみたいだからサクッとダンジョンコアのところまで行こうか」


 本棚の上の迷路の道幅は二メートル程しかない。更に、下には神話級のモンスターが闊歩している。


「んー、この異世界転生じゃなかったダンジョンはヘルモードだよねぇ」

「朔良、ヘルモードって?」

「ハードモードとかヘルモードとか要は超ムズカシイダンジョンってこと」


「チュートリアルダンジョンだと思ったらラスダンでしたって笑えない冗談だよな。まあ、下に落ちなきゃ大丈夫なギミック系なのが幸いだけど」

 木刀片手の蒼真と綿貫さんが戻ってくる。


「蒼真、ラスダンって?」

「あ、私も知りたいです」


「あれ、綿貫さんも聞いたことない? ゲームでよく言うラスダンって言うのはラストダンジョンの略で、最後のボスの前にあるような強敵いっぱいのダンジョンのことだよ」


「えっと、ラスダンはわかりましたけど、やっぱりケルベロスとかのモンスターがいるのはおかしいんでしょうか?」


御夜みよちゃん考えてみてよ、今私達があそこにおりたら、ガブッって噛まれるか、プチッと踏まれて終わりだよ。チュートリアルだとしたらポヨポヨスライムとかピョンピョンうさぎぐらいじゃないと」


「そ、そうですよね、モンスターと言ったらドラゴンとかグリフォンとか強いのばっかり想像してました」


「ともかく、グリフォンとか空を飛べるモンスターが出ないうちにダンジョンコアのとこに行こう」


 じっくりと迷路を眺めてダンジョンコアの位置までのルートは確認した。

 途中にサイクロプスがいる辺りを通るのが唯一気がかりではあるが、さほど問題があるようには思えない。


 狭くはないが横並びになるのは勇気がいる本棚の上を一列になってゆっくりと進む。

 眼下にはオルトロスやラミア、ヒュドラ等、およそ学校からの帰り道では会いたくないようなモンスターが闊歩しており、小声ではあるものの綿貫さんが喜々として解説を入れている。


「そういえばソウマくん木刀邪魔じゃないの?」


 先頭を進む蒼真は依然、片手に木刀を持っている。


「あー、刀は武士の命って理由じゃないが、なんだか木刀持ってた方が調子が良い気がする」


「それは役職ロール制約ルールぱう。ステータス値の補正だけでなく剣士系の役職ロールの場合は剣を装備している場合に行動にプラス補正が入っているぱう。ちなみに『役職ロール』を得てステータスを手に入れている時点で一般人より色々と強くなっているから気をつけるぱう」


 こんな高いところを歩いていても割と平気だったのが不思議だったが納得がいった。普段だったら足が竦み上がって動けない自信があるこの状況で普通に動けているのを考えるとたとえ『MND』が低くてもステータスがあるだけでかなりのアドバンテージがあるんだろう。

 なお、『役職ロール』による強化は治安の悪化や犯罪者の強化にも繋がってしまうため、別途国の偉い人に情報が伝えられているらしい。

 また、犯罪者には天罰を与えられないか聞いたが神の善悪は人の善悪とは違うと言われてしまった。


「通常のベータプレイヤーの開始は春になってからの予定だったぱう。キミらは想定外だったけど正式に始まるまでは内緒にしといてぱう。まあバレると国の偉い人に捕まるか天罰が落ちるかのどちらかになるけどわん」


 なにげに物騒な二択を提示されたが元々【調停者ルーラー】な俺はバレると色々まずい。


「蒼真、短い付き合いだったな」「ソウマくん、バレても私達のことは内緒だからね」


 俺と朔良のセリフが被った。


「え、なに、お前ら僕のことそんなやつだと思ってるのぉ!」


 叫ぶ蒼真からそっと目を逸らす。


鷺宮さぎみやさん、叫ぶとモンスターが……」


―― Guluuuuaa!!


「ちっ、バカ蒼真! せっかく見つかりづらいルートを選んだのに!」


 唸り声を上げてこちらを見上げるサイクロプスと目が合った。


「えぇー、やっぱり僕のせいなの!? けど、けど、本棚の上に居たら大丈夫じゃ……うぉっっあっ!!」


―― Guoooluaaaa!!


 体を仰け反らせた蒼真が尻もちをつき、その頭上を大きく回転する物体が音を立てて通り過ぎた。


―― ⚀⚀ ファンブル!


『かろうじて回避に成功したぱう』


 蒼真の上に表示されるダイスの値と頭に響くワンコの声。


「ふぁっ!?」『なんだこれ?』


『【調停者ルーラー】の『制約ルール』による能力ぱう。内部的な値であるダイスの結果を見ることができるぱう』

『何か役に立つのか?』

『……頑張ればモンスターとかのステータスが推測できるぱう』

 若干の情報が手に入ることを喜べば良いのか、視界の邪魔になるのを悲しむべきか微妙な能力だ。


 とりあえず、蒼真をサイクロプスとは反対側の端に引っ張る。


「今のは?」

「とっさに避けたからわかんない。サクラっち見えた?」

 サイクロプスが何かを投げてきたのはわかったが正体不明だ。


「なんだか座布団ぐらいの四角いのがギュンギュン回って飛んでったよ」

 朔良が手を肩幅ぐらいに広げて投擲物の大きさを示す。


「朔良さん、多分、本だと思います……」

 綿貫さんが反対側の本棚を覗き込んでいた。


―― Gyalululuuuu!!


 頭上を複数の本が回転しながら通り過ぎていく。


「あっぶねー、あんなのが当たっていたら一発でお陀仏じゃねぇか」

 休止に一生を得た蒼真も復活して身を屈めている。


「カイくん、このままだとジリ貧だよ。一気にダンジョンコアのとこまで走る?」


「確かにあと少しではあるが、この本の攻撃が治まらないと難しいか。まあ、本棚の本にも限りが……って、おい、本がなくなったら……」


―― Gugya!


 ミシッミシッという音と共に太い指が視界に入る。本のなくなった本棚、サイクロプスがよじ登ってくるには十分だったらしい。


「スキル『兜割り』!!」


 皆が固まる中、大きく木刀を振りかぶった蒼真の声が響く。


―― ⚅⚅ クリティカル!


「やったか!」

「カイくん、それフラグー!!」


―― Gua?


 サイクロプスの指を完璧に捉えた木刀が折れた。


「なぁっ|? かってぇーっ!」

 半分になった木刀が蒼真の手から落ちる。


 もう片方の手が本棚にかかり、単眼の目を大きく開け、ニタリと笑うサイクロプスの顔が現れ……ザシュッ!


―― Guooogyaaaa!!


 後ろ向きのまま本棚から落ちていく。


「は?! とりあえず、みんな今のうちに走るぞ!」


 サイクロプスが起き上がる前にダンジョンコアまでの全力疾走を行った。


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