第1-2話 秩序の獣

「ボクと契約して【調停者ルーラー】になってぱう」

 コンビニからの帰り道、赤い月をバックに犬のぬいぐるみが宙に浮いていたのは三日ほど前のことだ。

 四十センチ程のブラックアンドタンな柴犬かミニチュアダックスのような少しぽってりとしている姿だった。


「……『ぱう』? それは鳴き声なのか?」

 妙な語尾のマスコットには気を付けろって近所のお姉さんが言ってたのをふと思い出す。

 いや、そもそも、不審人物……、ではなく、不審ぬいぐるみだ。


「ぱうっ! そんなことより、十月とつきかいさん、あなたは【調停者ルーラー】に選ばれましたぱう」


 ぬいぐるみは何やら手帳のような分厚い本をめくって確認している。

 【調停者ルーラー】ってのが裁判員制度か何かだとしてもこちとら未成年だ。


「おい、こら、なんで俺の名前を知ってるんだ。それに、その個人情報をどこから手に入れた。ちょっとその手帳を見せてみろ」


 ぬいぐるみの持つ本に手を伸ばすがふわりと避けられる。


「まあまあ、落ち着いてぱう。十月とつきかいさん十月三十一日生まれの十五歳で間違いないぱう?」


「あ、はい、間違いないです。って、ちがーう! そもそも、どうしてぬいぐるみが喋ってる?! というか、どうやって浮いてるんだ、いや、その前に、お前は何者だ?」

 眼の前の不可思議な存在に疑問が尽きないというか疑問しかない。


「おっと、自己紹介がまだでしたね。ボクは神の眷属の一匹、『秩序の獣わんこ』ですぱう。怪しいものではないぱうよ」

 小首をかしげる様は無駄にあざとく可愛いのが余計腹が立つ。


「いや、十分怪しいから。それに宗教関連はすべてお断りしていますし、せっかく買ったあんまんが冷めるといけないんでもう行きますね」


「あん……まん……?!」


 俺の取り出したモンブランあんまんにぬいぐるみの目が釘付けになる。


「なんだか良い匂いがするぱう。それは何ぱう!?」


「何って、モンブランあんまん? 数量限定の新作あんまんでこれから家に戻ってじっくりと味わうところを謎のぬいぐるみに絶賛邪魔されている最中だが?!」


 取り出したモンブランあんまんを持って左右に移動させるとあわせてぬいぐるみがふよふよと移動する。



 ◆ ◇ ◆



「つまり、異世界転生を希望する死者が多すぎるのに業を煮やして現代社会を剣と魔法のファンタジー世界にする……って言われてもなぁ。まあ、浮遊する犬のぬいぐるみを目の当たりにすると完全に嘘だとは言い難い。とはいえ、なんで俺が裁定者ルーラーになる必要があるんだ?」


「ふぉれはふぇすね、ふぁみのみぞしるといふか……」


「ああ、とりあえず、口の中のものは食べ終わってから話は聞くからコーヒーでも飲んでよ」


 食べ物あんまんに釣られたぬいぐるみわんこを連れて家まで帰ってきた。どうやらこのぬいぐるみは俺以外には見えていないらしく階下ですれ違った母親には何も言われなかった。


「このこーひーとやらは苦いけど甘いおやつにはなかなかあうぱう」


 コーヒーを飲み終わってだらっと机にもたれかかる姿は犬のぬいぐるみ以外の何物でもない。


「で、俺のおやつを食べたからには話をしっかり聞かせてもらおうか」

 思いっきり悪そうな笑みを浮かべてぬいぐるみを見た。


「なっ、だましたぱうっ!? いや、たしかにおやつをたべたのはボクだけど……むう、秩序の獣わんこたるボクがもらいっぱなしにはできないぱう。なんでも聞くがいいですぱう」


「で、結局のところ裁定者ルーラーってのは何をすることになるんだ?」


「その名の通りルールを作ってもらうぱう」

 わんこなぬいぐるみは指のない丸っこい手で器用にポテチの袋を開けている。


「ルール? 剣と魔法のファンタジー世界にルールって何のルールだ?」

 必要かどうかはわからないけどウェットティッシュをとりだしてわんこに渡しておく。


「ファンタジー世界のルールぱう。モンスターとの戦闘バトルもあるから攻撃力とか技能スキルとかの能力値ステータスのルールぱう」


「あー、ゲーム的なやつね。え、それを決めるの? 俺、あんましゲームとかしないから詳しくないんだけど……」


「そう、ゲーム的なやつぱう。最近はゲーム的な異世界転生が流行ってるとかでゲーム的な仕組みが求められてるぱう」


 塩で白くなっているわんこの口周りをウェットティッシュで拭いてやる。


「なんとなくは理解したけど、詳しくない俺がルール作りって人選間違ってないか?」


「間違ってはないぱう。最近は神関連でも著作権にうるさいんだぱう。それで、あんまりゲームその辺に詳しくない人から抽選ダイスで選んだぱう」


「な、なるほど? それじゃあ素人なりにゲームみたいなステータスやスキルを作ればいいわけね」

 最近のゲームは進んでるし、巷ではフルダイブなVRMMOとやらも出てきているらしい。つまりはみんなが待ち望んでいるファンタジーゲーム風異世界システムか……


「あ、ちなみにゲーム風といってもイマドキのてれびげーむみたいなシステムは無理らしいぱう」


「えっ?! 無理とは? ゲーム風なファンタジー世界が望まれてるんじゃないの!」


「ゲーム風なシステムを組み込んだ世界は最初からそういう風に設計されているからできるんだぱう。この世界のように後からシステムを組み込むにはリソースも人手も足りないって言ってたぱう」


 わんこはなんだか偉そうにふんぞり返って続けた。


「そ、こ、で、この世界に導入されるのはTRPGのシステムらしいわん」


 どこからともなく取り出されたホワイトボードに『TRPG風しすてむ』と大きく書かれた。


「TRPGって……あの、選択肢があって何ページへ進めとかやる昔の本のやつ?」


「ぱう? ……それは近いけどゲームブックぱう。今やTRPGよりも知名度低そうなのに良く知ってたぱう。TRPGはテーブルトークRPGのことで紙と鉛筆、それにサイコロを使ってやるアナログゲームぱう。今のゲーム機で行うダメージ計算とかを手動でやるんだぱう」


「しゅどう、手動?!」


「あ、心配しなくてもそこは神の眷属がダメージ計算は人海戦術でやるから大丈夫ぱう。ただ、全員に付くことになるから計算に使うダイスは六面ダイス、つまりはサイコロだけにして欲しいってダイス様は言ってたぱう」


「へー、サイコロ、サイコロねぇって六面以外のサイコロもあるんだ……」


 結局、なし崩し的に【調停者ルーラー】の役職ロールを引き受けた俺は寝不足と戦いながらシステムを練るのであった……


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