TRPG風ダンジョンはじめました ~ミリしらTRPG β0.5~

水城みつは

第1話 ステータスオープンでキャラクターシートは開かない

第1-1話 賽は投げられた

 三時間目の社会の授業が始まって数分、時刻は11時10分、もうすぐ1のゾロ目、TRPGだとファンブル、つまりは何らかの致命的な失敗が発生する状況となる。

 数日前までは俺、十月とつきかいにとってTRPGとは全く縁のない存在であったのに身の入らない授業を聞き流しながら考えるのはゾロ目のファンブルとは毒されるようになっているな。


 社会の授業と言えば歴史上の年号や出来事も新たな発見や解釈で時々変わっており、こんなの覚えてどうするのだと良く思ったものだ。

 歴史だけでなく今受けている公民、要は現代社会のしくみも大きく変わったら意味がなくなるのにと黒板の上の時計を眺めながらぼんやりと考えている。

 高校受験を控えた今の時期の授業が大切なのは分かってはいるが、ここ数日はそれどころでなく、今日に至っては徹夜明けでなんとか登校してきた。

 それもこれも、あの……



―― 『あー、あー、テステス。全人類プレイヤーの皆さん、こんにちは。吾輩は神である。名前はまだな……賽子神ダイスとでも呼んで貰おう』


 ふざけたようでいて厳かで傲慢な声が教室に響いた。いや、誰もが皆、直接頭の中に響いているとなぜか確信を持って聞いていた。

 2022年11月11日11時11分11秒、これは人類が最初に聞くこととなった神の声である。


「センセー、今のは校内放送ですかー?」

「え、かみ? 神って言った?」

「なんだこれ、え、校内放送は聞いてない。お前ら席を立つな。とりあえず確認してくるからそれまで座って待機だ」


 突然の声に全員が周りを見渡し、困惑した顔を浮かべた先生は足早に教室を出ていく。

 始まったばかりの社会の授業はどこからともなく響いた声に中断を余儀なくされたのだった。


「どうやら神の声が聞こえたのはここだけではないようだぞ」


 前の席から振り返った鷺宮さぎみや蒼真そうまがSNSの検索画面が映し出されたスマホを見せてくる。


『神って冗談だろ』『先生がパニクってる』『今日学校休んでるんだけど聞こえた』

 学生御用達のSNSはもちろん、他のSNSも神の文字で埋め尽くされていた。


「ねぇ、かいくん、カイくんってば。これっていたずら? それとも本当に神様なのかな」

「あー、本当に神様なのかは神様の定義によるかも知れないけど、超常的な存在なのは間違いないよ。むっちゃ傍迷惑ではあるけど一般的には神様ってことでいいんじゃないか」

 隣の朔良さくらが不安気に俺の制服の袖を引っ張りながら椅子を寄せてくる。


「傍迷惑?」

 朔良が首をかしげたところで、自称『神』の言葉が続いた。


―― 『さて、今から皆さんにはデスゲームを……、え、違う? いやだなー、冗談だよ冗談』


 物騒な冗談をぶちかます神の言葉に教室の中が一瞬で静まる。冗談ではあるが冗談ではない威圧感が言葉にのっているのが嫌でもわかるのだ。

 誰もがこのふざけた喋りを行っている何者かを神だと認識していた。


―― 『……さて、我々は皆さんの要望に応え、世界のアップデートを行うことにしました。いやね、昔は地獄は嫌だ天国に行きたいとか駄々をこねるひとが多かったんだけど、最近は異世界に行きたいだとか、剣と魔法の世界が良いだとか、しまいにはチートスキルが欲しいだのなんだのと……』


 長々と愚痴やら冗談にならない冗談やらが語られたがまとめると次のようになる。


一つ、この世界に所謂、剣と魔法のファンタジー世界的なRPGのような仕組みを導入する。

  曰く、ステータスがあって、スキル、魔法も使えるようにするよ。

一つ、まずはダンジョンを世界に導入し、その中で仕組みを適用する。

  曰く、ダンジョンには魔物モンスターがでるけど、ドロップアイテムや宝箱、それに色んな資源が満載だよ。

一つ、人類に対する仕組みの導入は順次行う。

  曰く、まずはベータプレイヤーを選定するけど、来年の4月1日時点で15から17歳、つまりは高校生から選ぶよ。

一つ、詳しくは国の代表者に伝えるので政治的な仕組みは調整してもらう。

  曰く、ちなみに私利私欲に走ると天罰落とすので夜露死苦。


―― 『長々と話したが一つだけ気をつけて欲しいことがある。ゲーム的な仕組みは導入するもののこれはゲームではない。現実リアルであり、死んだら生き返るような奇跡は我々神であっても行使しない。そのことを重々承知の上、ベータプレイヤーの選択を行って欲しい』


 そんな締めの言葉とともに重苦しい圧力が消え、周囲の音が戻ってきたような錯覚を覚えた。

 ふと見上げた先、黒板の上に掛けられた時計はまだ11時11分を指していた。



 ◆ ◇ ◆



 俺は騒然とする教室と目の前に現れた選択肢をぼんやりと眺めていた。


「えーと、カイくん。これって……」

 朔良も困惑したように中空を見つめている。どうやら俺と同じく選択肢が出ているのだろう。


 俺は唇の前に人差し指を一本立てる。

「今は何も見えてないフリをしといたほうがいい。この教室でも表示されてるのは半分も居ないみたいだし、時間にも余裕もあるから帰ってから話そう」


 黙って頷いた朔良を確認し、かいは再び選択肢に目を向けた。


:――――――――――――――――:

ベータプレイヤー参加申し込み


期限: 167:50:28


【登録する】【登録しない】

:――――――――――――――――:


 期限までは約一週間。参加することは確定であるが、おそらくすぐにでもなんらかの政府発表もあるだろう。

 とりあえずは朔良とどうするかを放課後にでも決めよう。


 蒼真は……素知らぬ顔をしているが、あれは参加を決めた顔で間違いない。もしかしたらもう『登録する』を押した後かもしれない。


 混乱の末、社会の授業は中止というか学校自体が臨時休校となった。

 まあ、公民の内容自体も大きく変わることになるだろうし、高校受験への影響も大きいだろう。


 帰り支度を始めるクラスメイトの表情も色々だ。

 選択肢の出た者、出ていない者で大きく分かれるが、出ていると思われる者でも喧伝する者と隠す者がいる。

 出ていない者にとっては選択肢が出ている事自体信じきれないみたいだ。

 この現実味のない半透明の選択肢は本人以外の他の人には見えていない。

 そして、机の上をもの珍しげにうろついているこのぬいぐるみのような秩序の獣わんこの姿もまた俺以外には見えていないようだった。


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