中立×秩序×混沌=青春










――夢を見ていた。




 かつて東京都庁と呼ばれた巨大な高層ビルのすぐ近く。

 東京都新宿区西新宿にあるオフィス街の一角は今や廃墟の街だった。たとえ夜であろうと闇を切り裂くように灯っていた電気の光はすべて消えてしまっている。

 ゆえにここでは、大都会・東京でありながら星空を眺められる。


 後世において大崩壊ダウンフォールと呼ばれる惨状、デーモンの侵略と大災害の頻発は見事に災害大国・日本の首都機能を殺していた。

 東京都庁のある西新宿はそうして放棄された側の地域だった。オフィス街のここは明らかに重要拠点と呼べる地域だったが、人間の手に負えない凶悪なデーモン――多くは戦車やミサイルでも持ってこなければ対処のしようがない怪獣だ――が大量に出没したことにより、放棄されてしまった。


 そして逃げ遅れた人々はデーモンに食い殺されるか、息を潜めてビルの奥に隠れ潜むかする羽目になり――脱出に成功した人間以外は飢え死にして今に至る。

 そんな異界の怪物に飲み込まれたはずの街は今、デーモンの気配から解放されていた。


 街のあちこちに刻まれた戦闘の痕跡――崩れ落ちたビル、割れた窓ガラス、路肩に転がっているデーモンの死骸が、その原因をこれでもかとわかりやすく示している。

 この西新宿に巣くっていたデーモンはすべて駆除されたのである。

 自衛隊でさえ匙を投げた地獄絵図を征したのは、たった三人の遠征隊――デーモンハンターを名乗る若者たちだった。

 彼らは誰一人として欠けることなく、五体満足で夜を迎えていた。


 そして今。

 夜闇の中、ビルの屋上に太陽光発電のLED式ランタンが置かれて、ふんわりとした照明を浴びながら――若人が並んで座って、星空を見上げている。

 それはまるで、紺の天幕に宝石をちりばめたような色。

 いくら数えても尽きることない星の輝きが、ちっぽけな地上の人間の数よりも多く、夜の闇の中で煌めいている。

 穏やかな少女の声がした。





「知ってるかなレンくん――わたしたちは星の屑からできていて、星の光を糧にして生きているんだ」





 停電が慢性化したことで、東京のど真ん中でも見えるようになった星空は、人類の文明の衰退を示すかのようだった。

 だがそんな悲観的な少年の思考を打ち消すように、少女の声は優しくロマンに満ちている。

 その素朴な響きにびっくりしながら問い返した。


「星の屑って……ゴミのこと?」


「わたしたちの身体を形作っている物質はね、四十六億年の昔に、太陽に取り込まれなかったガスや塵の成れの果てなんだよ。宇宙を漂ういろんな塵と、わたしやレンくんの身体を作ってる物質は同じなわけ」


 亜麻色の髪をした少女だった。

 気品というものを形にしたような雰囲気――セミロングヘアの頭髪に、琥珀色の瞳、卵形の小顔、桜色の唇――すべてが調和した美貌だ。

 華奢な肢体を紺色のジャケットとスラックスに包んだ少女は、その色気のない恰好と裏腹に柔和な魅力に満ちていた。

 微笑みと共にキサラギ・ミオが口を開いた。


「この宇宙はすごいよ、レンくん。知れば知るほどびっくりする。まるで神様があつらえたみたいに奇跡の連続で、わたしたちはここにいるんだって信じられるんだ」


 たとえばね、とミオが笑う。

 こちらに目配せしてくる彼女の横顔は、ランタンしか光源がない今でさえ魅力的だった。


「地球と太陽の距離はだいたい一億五千万キロメートル、それで光の速さがだいたい秒速三十万キロメートル――ほら、全然遅いでしょ?」


「一億五千……想像もつかないや……いや、遠すぎないか? 光が一秒に三十万キロメートルしか進まないのに?」


「そうそう。わたしたちが昼間、浴びている太陽の光は、八分以上も前に太陽から発せられた光なんだよ」


「……それじゃ、今見てる星の光は?」


 よくぞ聞いてくれました、という顔でミオがうなずく。

 正直なところ、いきなり宇宙規模の話をされてもちんぷんかんなのだが、楽しそうにしている彼女を見るのは好きだった。

 自分の好きな分野の話を振られて、キサラギ・ミオは心の底から嬉しそうに微笑んだ。


「大原則としてね、レンくん。光の速さが秒速三十万キロメートルしかないのに、宇宙は広すぎるんだ。一番近い恒星でも地球に光が届くまで四年以上……四・三六光年かかる。今、わたしたちが見ている夜空の星は、何千年……ううん、もしかしたら何百万年もの長い長い時間をかけて宇宙を旅してきた光なんだよ」


 途方もない過去からやってきた光を、今現在の情景として認識している。


「何千年、何万年って昔に発せられた光を、わたしたちは星の光としてこうして目で見ている。わたしたちの目はね、本当は現在いまなんて観測できない。光の速さの限界が観測可能な世界を決めてる。わたしたち人間はの名残を見ているだけなんだ」


「ええと、つまり……俺たちは大昔に光ってた星の姿を見ている……?」


「そういうこと。だから大昔の宇宙の姿を研究するときは、すごく遠いところにある恒星を探すんだよ。地球からじゃ絶対に手が届かない場所を見ることで、わたしたちはこの世界の成り立ちも、この世界の未来も知ることができる」


「……すごいな。ミオの研究してた学問って、本当にすごいことやってたんだ」


 すごいを連呼してしまったことに気づいてちょっと自分の語彙の乏しさが恥ずかしくなり、レンはうつむいた。

 そして彼の矮小な羞恥心を吹き飛ばすかのように、亜麻色の髪の少女はにっこりと笑う。


「これでも飛び級で博士号持ちなのです、もっと褒めていいよ」


「インテリだ……!」


「そうだよー、二人の武器だってわたしが作ったんだしね」


 そう言ってミオが胸を張る。亜麻色の髪の少女の胸元は、紺色のジャケットの上からでもわかるぐらい豊かな膨らみがあった。

 年頃の少年であるレンは、ドキドキしてミオから目を逸らした。

 たぶんレンの正直な反応はバレている。


 レンとミオ、そしてクレハの三人は東京でデーモン騒ぎが起きるようになってから出会い、なし崩し的に連むようになった。

 十代半ばの高校生と飛び級の天才少女、そして高校卒業と同時に地元・房総半島を飛び出してきたフリーター。生まれ育った環境も肩書きも性格も趣味もバラバラの三人である。


 おそらく本来ならば一生絡むことのなかったのかもしれない面子だ。

 そんな彼らがこうして三人でチームを組んでいるのは、すべてデーモンの脅威に対抗するためだった。

 レンとミオとクレハは今、デーモンハンターを名乗って活動している。


 最初の頃は鉄パイプだの刺身包丁だの鉈だのクロスボウだの、とにかく使えるものは何でも使ってデーモンと戦っていた。

 人間より小さいぐらいの小型デーモンならそれでも不意打ちと罠を駆使すればなんとか戦えていたし、奴らが崩壊時に発する光を浴びると、レンたちもみるみる人間離れした力を発揮できるようになっていった。


 多少のダメージなら無視できる程度に頑強で回復力も高い肉体は、デーモンであふれかえった東京を生き延びる上で必須のものだった。

 そうなるとあとは武器の問題だけが残る。


 日本は世界的に見ても銃規制が厳しい国である。猟師のように一部の例外はあれど、基本的に合法的な所持はやたらと難しい。そして違法に海外から持ち込まれた違法銃器はその絶対量が少ない。


 現在の東京都内は混沌としている。

 治安出動した自衛隊や警察によって一定の治安が確保されている地域と、デーモンの出没数が多すぎて実質的に見捨てられた地域、半グレやヤクザものが組織化された暴力を使って支配する地域。


 二十三区の中でさえそういう風に二極化している。

 治安回復の面から見れば、不味い状況だ。

 というきっかけさえ満たしてしまえば、どんな人間でも超人的に強くなれる。


 そういうわけで超人化した半グレ・ヤクザというかなり最悪な存在が幅を利かせる地域もあるのだが――ともあれ、武器らしい武器は入手が難しい。

 生き残った人間を助けて回っていたミオたちは、すぐにもっと強い武器が必要になった。


 まさに必要は発明の母というわけだろう。

 デーモンの死骸が宙に溶けて消えていったあと、それでもなお残った結晶体。

 それを魔法の力なら加工できると気づいたのはキサラギ・ミオだった。流石に銃やクロスボウのような複雑な機構までは再現できなかったが、魔法の力で刀やナイフの形に成形することはできる。


 切れ味や強度の問題は、使用時に魔力――便宜上そう呼ぶほかない不思議な力――を導通させることで解決できた。

 こうして三人が使い始めたデーモンハンター専用の武器は、折れず曲がらず切れ味抜群の武器として使うことができた。

 ミオが顔の前に掌をかざすと、蛍火のような淡い光があふれ出した。


「この魔法っていうのも面白いよね、空間に存在する未知のエネルギー……アリストテレスに習うならエーテル、インド哲学っぽく言うならアカシャってところかな。時間ができたらちょっと文章にまとめたいかも、せっかく自分の感覚器で見られるようになったんだし」


「科学になるのかな、なんかオカルトっぽいけど」


「まだ条件がわかってないだけで、アプローチを続けていれば、わたしたちがだって再現の仕方がわかるよ。そうでなければ、わたしの考えた魔法を二人に覚えてもらうことだってできない」


「そっか……同じやり方で同じ魔法が使えるなら、誰にだって使えるようになる未来だってあるのか」


 この力をゲームや漫画のバトルものみたいに、個々人に依存したものだと理解していたレンには想像もつかない話だ。

 キサラギ・ミオは間違いなく、レンとは見ている世界が違う。

 けれどそのことに劣等感は覚えなかった。むしろこんなにすごい彼女のことを、まだたった二人しか知らないことがもどかしいぐらいだ。


 いや、新進気鋭の天才物理学者としてのキサラギ・ミオは、そっちの界隈では有名人らしいけれど。

 レンにとっての彼女は学者とか天才児とか、そういうありきたりの言葉では言い表せないすごいやつだった。

 きっとヒーローがいるとしたら、ミオのような人間だろうと思うぐらいに。


「すごいな、ミオは」


 賞賛の感情と共に呟いた。

 都内の地下鉄で出会った頃は「キサラギさん」と他人行儀に読んでいたものだが――幾度も死線を越えてきた今となっては、下の名前で呼ぶ方がしっくりくる。

 夜風を浴びて、亜麻色のセミロングヘアがさらりと流れる。


 ふとレンは視線を感じた。ミオがこちらを見ていた。その透き通るような琥珀色の瞳が、身長百七十八センチの少年を見上げている。

 二十センチも身長差があるから、こうして並んで腰を下ろしていても目線の高さが違うのだ。思いのほか彼女が小さいことに気づいて、レンは少しドキドキしていた。


「すごくないよ、わたしは――レンくんとクレハちゃんに救われたんだから」


「そうかな……今日の戦いだって、ミオの魔法がなかったら危なかったと思うけど」


「そういうことじゃなくて、さ。わたしが一番つらいとき、傍にいてくれたのがキミとクレハちゃんだったじゃない」


 息を呑む。

 日本を襲ったデーモン禍によって、都内に住んでいたキサラギ・ミオの家族は全滅した。


 地震による交通機関と通信網の麻痺、そしてデーモンの襲撃を乗り越えて――三人がミオの実家にたどり着いたときには、一軒家は血まみれの地獄絵図になっていた。

 泣きながら家族の名を叫び、その場に崩れ落ちた少女を慰めたのは、成り行きで一緒になったレンとクレハだった。


 だが普通ならあの惨状はトラウマになるし、立ち直れなくなってもおかしくないと思う。短時間で気持ちを切り替えたのは、キサラギ・ミオが強い人間だからだとレンは思う。


「……墓を作るのしか手伝ってやれなかったよ、俺たちは」


「レンくんもクレハちゃんも同じでしょ、家族や友達の安否だってわからないのは。なのにキミたちは、わたしのために頑張ってくれた。わたしにとって、本当に救いだったんだ」


「ありえないことばっかりで感覚が麻痺してるだけだよ。俺が強いわけじゃない……クレハのやつはどうだろ、あいつは本当に強いからかも」


 独立独歩が信条で実家とも縁切りしたらしいミドウ・クレハはタフという言葉を形にしたような少女である。

 正直なところ、今の殺伐とした世界――略奪や暴力行為、殺人だってあちこちで起きているのに警察が機能していない――を一番楽しんでいるのはクレハだ。


 さぞや平和な世界では鬱屈していたのだろうと思うぐらいには、あの少女はこの過酷な終末的世界アポカリプスに適応していた。

 そんなレンの複雑な心情を知ってか知らずか、キサラギ・ミオはにっこりと笑う。

 何の陰りもない行為を形にしたような微笑み。


「そうだね、クレハちゃんは強くてカワイイ――だよ」


「なんだそれ」


「アニメに出てきそうって意味」


 キサラギ・ミオの感性だと、キラキラして可愛いものは全部アニメっぽいと表現されるらしい。

 アサバ・レンに言わせれば、ミドウ・クレハという少女は可愛いというよりタフで不敵なすごいやつである。昔の年代のアクション映画のヒーローみたいな世界観に生きている。


 それでいて情も深くていいやつなのだが、一匹狼気質というか協調性に欠けるところがあるのが難点か。

 もっとも少年が思い浮かべた欠点など、ミオに言わせればすべてカワイイに集約されるのだろうけど。

 器の広い人物である。


 二人並んで、しばらく星空を見上げて。

 その雄大さに息を呑みつつ、そろそろクレハの様子を見に行くかと思い立つ。今日の戦闘でレンとミオはかなり消耗したので、こうして安全地帯で休むように言い渡されたのだが――流石に一人で探索は危険すぎる。

 ふと、ぽつりとミオがこぼした。


「…………お風呂入りたいなぁ」


「…………あー」


「ナノ単位で制御した魔法なら皮脂や老廃物を落とせるんだよ、レンくん。わかってる、これは気分的なものだって……でもね、精神衛生上よくないよ、これ。セルフネグレクト一直線の生活はダメだと思う」


 衛生上の問題に対してキサラギ・ミオは敏感であり、そんな彼女が開発した「身体を清潔に保つ魔法」はレンとクレハの二人にも好評だった。それは後世において事象変換術と呼ばれることになる技術体系の中でも、かなりの高等技術だったのだが、最初に出会った魔法の使い手がミオだった二人にその自覚はない。


 頭がよくて美人でスタイルがよくて性格もいいキサラギ・ミオは、それに加えて世界の捉え方そのものが凡人と隔絶している万能の天才だ。

 彼女は魔法の取り扱い一つとっても、まるで神様の書いたカンニングペーパーでもあるみたいにすらすらと新しい概念を開発してしまう。


 そんな何でもできる女の子は今、いつもにもなく真剣な表情だった。

 いつも朗らかに笑っているのが嘘みたいに、ミオは真顔になっている。たぶんわりと真面目に限界が来てるときの声音だ。

 その威圧感にレンは顔を引きつらせながら約束した。


「うん、悪かった。今回の採取が終わったらクレハと話し合ってみる」


 西新宿では連日連夜、戦闘続きだったからろくに休む暇もなかった。お互いに体臭なんて気にしていなかったけれど、確かにこうなってくると入浴が必要かもしれない。

 とはいえ入浴は人間が最も無防備になる瞬間の一つだ。


 なるべく信頼ができる人類側の支配地域に行って、交渉する必要があるかもしれない。

 ミオもクレハも若く美しい女性だ。

 そしてあるいはレン自身でさえも、こういう状況ではの被害者になりうるのだ。


 並大抵の暴力や毒素が効く身体ではなくなっているとはいえ、警戒するに越したことはない。

 何よりレンは、ミオにもクレハにも人間を殺して欲しくなかった。隙を見せた結果、襲撃されて返り討ちにする過程で彼女たちにそんな罪を背負って欲しくはない。

 そしてどんなに社会が男女の平等を推し進めていたとしても、非常事態のときに剥き出しになるのは人間の最も救えない獣性だ。過去数万年の人類の歩みの中では、現代人の考える理性と文明など儚いものでしかない。


 レンはミオのこともクレハのことも大好きだった。彼女たちにはそんな人間の残酷さの餌食になって欲しくないから、アサバ・レンはこう思う。

 いざとなったら自分が人を殺そう、と。

 この手を汚してでも守りたいものを、彼は得てしまった。

 そんなレンの思考を読み取ったのかのように、ミオがレンの顔を覗き込んだ。


「レンくん、人殺しはダメだよ」


「こんなときぐらい、大切な人のことを守りたいって思っちゃダメなのか?」


「非常事態だからだよ。人間の一番救われないところばっかり見る羽目になったからって、自分まで同じになる必要ないよ。咄嗟の自衛手段で考えておくのと、最初から殺すのを前提に考えるのは大違いだからね?」


 それはキサラギ・ミオの信念のようだった。

 殺人も略奪も暴力もありふれるようになってしまった世界で、家族を理不尽に奪われようと、少女の高潔な正義感は揺るぎない。

 今いる世界の過酷さに順応して、暴力の引き金が軽くなってしまったアサバ・レンは、彼女のそのありように圧倒された。


「――ミオ」


「どんなに愚かでも、目を背けたくなるほど醜くても――人は人であるだけで救われていいよ」


 沈黙。

 彼女の言葉に納得したわけではないが、かといって真っ向から反論するほど反感があるわけでもない。

 そんな言葉にできないモヤモヤを抱えて、少年は「どうするんだこの空気……」と内心で頭を抱えた。


 そのとき停滞した空気を吹っ飛ばすように、やかましい音を立てて屋上のドアが開いた。ちなみに配電設備やエアダクトがある屋上は施錠されていたが、立ち入るときにクレハが錠前を焼き切って侵入した。

 破壊行為にためらいがないザ・アウトローと呼ぶべき少女は、喜色満面という感じで飛び込んできた。



「レン、ミオ!」



 灰色にも見えるショートヘア、鬼火のような瞳、まるで猫のように気まぐれな可愛らしい少女。

 その胸元の膨らみは豊かである。

 レンは思春期なのでつい目が吸い寄せられては「猿が……」と罵倒されている。

 衣料品店でばっちり略奪したコートを着込んでキメッキメのクレハは、興奮も露わに言葉の洪水を浴びせかけてきた。


「やったわ、昼間倒したドラゴンの死体が溶けてきたんだけど、すっごくデカい結晶が残ってる! これアレじゃない!? あたしたちの武器作れるやつじゃない!? やったわね最強の武器よ、東京最強よ! 自警団面して調子に乗ってるクソ愚民どもに一泡吹かせてやるわ!」


「クレハ、そういうこと言ってるから嫌われるんだって!」


「はぁー? あたしは一向にカスどもに媚びるなんてまっぴらごめんですがぁー!?」


「本当そういうところがよくないからな!?」


 猫みたいに気まぐれな少女は、レンからの小言に「はいはい」と肩をすくめる。

 三人は今、既製品の柄とデーモンの死骸を組み合わせたお手製の武器を使用していた。

 ホームセンターの物資――真っ先に略奪対象になりそうなものだが、周辺にデーモンが闊歩していると意外と資材は残っていた――と怪物の死骸を組み合わせた武器は、今回の西新宿遠征でほぼ備蓄を使い切った。


 残っているのは刃長五十センチ未満の短剣がいいところだ。上手い具合に作った使い捨ての投げ槍が、戦車の主砲でも持ってこないと倒せない大型デーモンを仕留める光景は、割と神話的だったけれど。

 大量の結晶体が入手できそうだと聞いて、ミオの目が光り輝いた。


「まさにハック・アンド・スラッシュだね」


「何それ」


「ゲームっぽい勝ちまくりモードってことだよ」


「そういうこと! ミオもわかってるじゃない」


 にひひひひ、とクレハが笑う。

 レンもクレハも、キサラギ・ミオという女の子のことが大好きだった。

 それはたぶん第一に恋愛感情とかを飛び越えた人間的な信頼と親愛だったし、レンとミオが恋仲になったあともクレハのその感情の重さは変わっていない。


 あるいはこの時点のアサバ・レンという少年に罪深い点があるとすれば――それはミドウ・クレハが自分に向ける感情もと気づいていなかったことだろう。

 命を預けて一緒に戦えるぐらい信頼している初めての親友のことを、好きにならないわけがないのに。


 そんな二人の些細なすれ違いに気づいているのは、少しだけ大人のミオだけだった。

 わざわざそのすれ違いを指摘して二人の中をギクシャクさせるほど無粋ではなかったのが、キサラギ・ミオの小賢しさだったのだけれど――それに気づいている人間は誰もいない。


「……? どうしたのよミオ?」


「いやぁ、クレハちゃんは可愛いなって」


「何よそれぇ」


「わたしは常に愛と平和ラブ・アンド・ピースに満ちてるんだよ、クレハちゃん」


「胡散臭い宗教みたいなこと言い始めた……!」


「どっちかっていうとミュージシャンだよ、クレハちゃん」


「音楽オタクなんて宗教みたいなもんでしょ」


 クレハの暴言にすら動じず、ミオはニコニコと笑っている。

 そんな二人の様子を眺めながら、立ち上がったレンは穴が開いている自分の上着を見やる。そろそろ自分も衣服を新調すべきかもしれない、まだ衣料品が残っていそうな店はあっただろうか。


 順調に今の世界の在り方に適応している自分に苦笑する。

 ミオの言うことは正しい。別段仲も悪くなかったのである、家族や友達の心配をして身を焦がしたっていいはずなのに。

 少年はどうにも、現在を楽しんでしまっている。



――こんな時間も悪くないよ、ミオ。



 世界は厄災に飲み込まれ、大勢の人々が死に続けている。

 なのにレンが胸に抱いた感傷は、どうしようもなく身勝手で――ずっと、ずっと、今みたいな時間が続けばいいと思ってしまった。

 お手製の鞘に入れた剣をベルトでぶら下げて、少年は楽しくおしゃべりしている少女達に歩み寄る。

 生きるために。










――そして長い長い旅の終わりに三人の道は分かたれて。










――アサバ・レンはキサラギ・ミオを殺した。
















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