オーク軍団VS女装ゴスロリ剣士
「いや、みんな夢を見てるような気分だった……意識はあるのに、あの女に言われるとなんでもやらないといけないような気がして……」
この農業プラントの労働者用の休憩室――机を囲んで、二人のデーモンハンターと依頼人カナに詰められている中年男性が一人。
ばつが悪そうにそう弁明しているのは、カナの父親だ。夢魔のデーモンの怪しげな催眠術で操られた父親は、ライフル銃を片手に盗まれたトラックを襲ったらしい。
そしてもちろん、実に優秀なレンの弟子は仕事を立派にやり遂げていた。サキュバスに操られた村民に銃で撃たれても、不意打ちに等しかったはずのそれを斥力障壁で防ぎきった。
おかげでミスラもカナも無傷である。
ミスラは如才なく村民たちを返り討ちにしたらしく、誰一人、死傷することなく穏便にことは済んだ。擦り傷や打撲を負ったものはいるが、重い怪我をしたものはいない。
なのでこうして和やかに親子の会話を聞いていてもいいのである。
「本っ当、反省してよね親父は。私がミスラさんたちを呼ばなかったら今頃どうなってたか」
「面目ない……」
父親は娘に叱られてしおしおになっているが、盗んだトラックで走り出す十代の行動力も怖い。
涼しい顔で黙って話を聞いているレンは、ふと自分が十代だった頃のことを思い出した。
しばらく娘に叱られていた父親は、やがてレンの方に向き直った。
「あの、本当に助けていただいてありがとうございます。このお礼は必ず致しますので」
「結構。俺と弟子はお嬢さんからの依頼でここに来た。料金を払っていただけるのなら何も問題はない」
カナが父親に耳打ちする。
金額を聞いて、カナの父親は明らかに安堵していた。
「はい、必ずお支払いします……本当に、ありがとうございます。いや、本当に皆さんをカナが連れてこなければどうなっていたか」
「カナさんは見所がありますよ、真っ先に師匠を頼るのは慧眼です。安心・安全・良心価格のデーモンハンターですから、師匠は」
ふんすと鼻息荒くレンをヨイショするミスラは、我がことのように胸を張っている。
その太鼓持ちみたいな言動はちょっとやめて欲しい、とレンは思った。そして事態が切羽詰まっていたから、今まで棚上げしていた疑問を口にすることにした。
「カナさんはどこで俺たちのことを知ったのかな?」
何気ない問いかけだった。
カナは無邪気にこう答えた。
「ちょうど一昨日のことなんですけど……その、偶然、村の近くを通りがかった女の人が教えてくれたんです。ヨミナガでデーモンハンターを探してるならアサバ・レンって人が頼りになるって」
「やけに都合がいい旅の人もいるものですね……」
ミスラが何か引っかかるように言葉をひねり出す。この弟子、師匠の太鼓持ちはやるが冷静である。
レンも同感だった。
その女がどう考えても怪しい。
一体何者だろうな、と首を傾げた直後――レンの感覚器は、おぞましいほどのエーテルの乱れを感じ取った。彼は「失礼する」と一声かけて立ち上がると休憩小屋の外に出た。
様子を見に、小屋の外に集まっていた村人たちがびっくりした顔でレンを見ている。
師の反応を見てあとを付いてきた弟子も、外に出た途端に顔色を変えた。
「ミスラ、わかるか?」
「……はい、デーモンがものすごい数です……」
この第三十二農作物生産プラントは、山地を背にして建てられた工業プラントとその恩恵で維持される田畑、そして用水路から構築されている。
つまり村と呼べる集落の周囲三方向は平野になっており遠くまで見渡すことができるのだが――今、デーモンハンター二人の視界に映っているのは、黒い点にしか見えない無数の影だ。
うかつだった、とレンは歯噛みする。
何故、夢魔がこうもこの村の住民を従順にしようとしていたのか。
やつはおそらく先遣隊だったのだ。
――おびただしい数の本隊を迎え入れるために来たのか。
農業プラントを囲むようにして、凄まじい数のデーモンが進軍してきている。それは人型をしているが、黒鉄色の肌をしていて、黄ばんだ牙を持った恐ろしい面相の持ち主だ。
その体毛は茶色でごわごわとしていて、全身に中世の鎧武者を思わせる甲冑を身につけている。太くたくましい手足は筋骨隆々で、人間の首などすぐ引っこ抜いてしまえるだろう。
何より恐ろしいのは、彼らが列を作って並び、正方形を描くようにして陣形を組んでいることだった。
それはデーモンでありながら、人間のように組織化された戦闘集団――
数百体のデーモンの軍団とは恐れ入る。
通常、デーモンハンターが相手するのは多くても二桁のデーモンが限度だ。それ以上は個人のハンターのキャパシティを超えている。
今、レンとミスラが直面しているのは、軍隊が動いてどうにかすべき物量の敵だった。
「あの夢魔の目的は、この村を無傷で引き渡して拠点化することだったのか?」
事象変換術を用いた生産プラントそのものは、デーモンにとっても有用だ。戦魔種のように道具を使用するデーモンならばなおのこと、この村の設備は有用だろう。
遠くに見える黒い点が徐々にこちらへ近づいてくることに気づき、村人たちの間に困惑が広がり始める。
だが、それがどういう種類の脅威なのか実感できていないから、数十人の大人とその家族の間に危機感はない。剣杖という見慣れない武器を腰に差したデーモンハンターを見て、はしゃぐ子供さえいる。
ざっと彼らの様子を眺めて、レンは自分がどうすべきかを考えた。
この人数を今から逃すのは無理だ。トラックで逃げたところで騎兵にすぐ捕捉されるだろう。
ならば、やることは一つだけだ。
「奴らがどこから湧いてきたのか考えるのはあとだ。ミスラ、今すぐ村人を育苗工場に集めろ。ここではあそこが一番頑丈だ」
「師匠はどうするのですか?」
レンは微笑んだ。
艶やかな長い黒髪が風に揺れる。
「俺は奴らを殺して回る。ミスラ――おまえはその間、全員を守れ」
「無茶です、わたしもお供して――」
「おまえや村人を守りながら戦う方が難しい。意味はわかるな?」
にべもなく足手まといだと通告する。
ミスラはとても辛そうに唇を閉じて、苦虫を噛み潰したような顔で、切れ長の目を伏せて。
「…………はい」
刹那、ミスラが事象変換術を起動させた。防御術式〈光の盾〉の広域展開――半球状の見えざる斥力場の障壁が現れ、飛来してきた弾丸を受け止める。
銃声。
パニックに陥った村人たちが、わあああああと悲鳴をあげる。
休憩小屋の周りに集っていた人々を蹴散らすように、ウォロロロロ、と低く濁った咆哮。
灰色の体毛に覆われた狼――その背にまたがった異形の鬼ども。
馬鹿でかい狼にまたがったオーク兵が、騎兵銃を片手にこちらへ突っ込んできている。
雄牛ほどもある巨体の狼――ワーグに乗ったオーク騎兵が、先陣を切って農業プラントの敷地に飛び込んできたのだ。
このとき、すでにレンは跳躍していた。
剣杖に指をかける。
敵は三騎のオーク騎兵、鞘走った刃が振るわれて。
次の瞬間、オーク騎兵の首が三つ、宙を舞っていた。
いきなり騎乗していた戦友の首がなくなったことに気づき、
その一瞬で十分だった。
レンは弾丸のように地面を蹴って機動し、ワーグの首を切り落としていく。
一つ、二つ、三つ。
首なし死体になった狼が、同じく首なしのオーク騎兵と一緒に地面へ崩れ落ちる。
その機動力で敵陣を撹乱するはずのオーク騎兵は、何もできずに死体になって終わった。
エーテルの崩壊光――七色の光を浴びながら、レンは何が起きたのか理解できず、固まっている村人たちに声をかけた。
「この通り、ここはもう戦場だ。皆さんには屋内へ避難していただく。よろしいか?」
この場で彼に意見できるものはいなかった。
◆
デーモンの死骸はやがて空間中の見えざるエーテルに還るが、それでも物質化しているそれはしばらく地上に残る。
レンが殺したオーク騎兵のそれも死体は残るし、異世界の物質で作られた装備品は問題なく検分することができた。
ミスラが村人たちを連れて避難したのを見届けたあと――誰も彼らに逆らわなかったのは、明らかにレンが見せた圧倒的な武力のせいだろう――レンはオークの装備品を手に取った。
それは銃身が切り詰められた銃だった。
連発銃ではない。
そして素材にエーテル導通のよいエーテル結晶体が使われている。
つまり
おそらくは火薬ではなく自身の魔力を用いて飛翔体を発射する銃器――言うなればマジカル・ライフルとでも呼ぶべき簡易構造のライフル銃。
銃口から銃弾を詰め込む、いわゆる前装式なので連射性能は望むべくもないだろう。しかし構造が極限まで簡略化されているので、その耐久性と整備性は高いはずだ。
敵の武器のレベルはわかった。
――よし、殺せるな。
レンはゆらりと村の外に出た。
現在、この村は東・西・南の三方向からオーク兵の歩兵部隊に包囲されている。おそらく北の山地にはオーク騎兵の伏兵もいるはずだから、四方を囲まれていることになる。
とりあえず平地にいるオークの方陣はすべてレンが潰す。オーク騎兵についてはミスラが上手くやるのを祈るしかない。
たった二人で数百体のデーモンとやり合うのが、まず正気の沙汰ではない。
先ほどまで黒い点だったオーク兵の集団は、今や一糸乱れぬ隊列がわかるほどこちらに近づいてきていた。
「流れ弾が怖いが……贅沢は言ってられんな」
事象変換術のうち攻撃術式を起動。
エーテルを物理的質量体に変換し、投射する射撃術式〈光の礫〉――対人散弾魔法を使用した。光り輝く散弾がレンの掌から放出され、それはおおむねライフル弾と同程度の威力でオークの戦闘集団を襲った。
つまり牽制にしかならない。
夕闇に沈む農村の中、光り輝くエーテルの防御術式がオークの方陣を囲い込み、レンの放った射撃術式を弾いていく。
その防御術式の中心となっているのは、事象変換術の発動媒体になっている盾を掲げたオーク兵たちだ。
オークの方陣は大きく分けて三つの兵種から構成されている。
すなわち銃を手にした銃兵、盾を手にした盾兵、そして携行型の大砲を複数人で運用する砲兵である。
オークの歩兵が用いる大盾は、集団運用することで対戦車ロケット砲の直撃すら防ぐ斥力障壁となる。
人類の戦争史において衰退した密集陣形――砲撃に対する脆弱性が明白――による歩兵戦闘は、事象変換術で高い防御力を獲得しているオークたちにとっては現役の戦術だ。
見た目こそ古めかしい方陣だが、実際のところそれは、無数の歩兵を組み合わせて構築された戦車に等しい。
盾兵と交替するように前列に出てきた銃兵が、手にした長大な銃身をレンの方に向けてきて――エーテルを利用した炸裂の光。
空気を切り裂く音。
無数の弾丸がレンに対して飛んでくる。
オークの用いるマジカル・ライフルは前時代的な前装式ライフル銃であり、地球製の自動小銃に比べれば射程でも連射性能でも劣る。
しかし根本的にバカみたいな高エネルギーを使って発射されるマジカル・ライフルは、その牧歌的語感と裏腹に極めて凶悪な射撃武器だ。
人類が運用しているボディアーマー程度では防げず、その着弾時の衝撃だけで人体を破壊できるのだ。人類ではなくオーク同士の戦闘を想定しているために、ほとんどオーバーキルと言っていい殺傷力がある。
有効射程距離は三百メートル程度だが、射程距離自体は一千メートル以上。今回のような田園地帯での遭遇戦では銃弾の密度だけで精度の悪さを取り返せる。
生半可な自動火器で武装した人類の歩兵部隊では、あっさりと返り討ちに遭うのがオークの戦闘陣形の恐ろしい点だ。
――だが、レンには通用しない。
防御術式〈光の盾〉の斥力障壁で銃弾を弾く。
レンやミスラが気軽に展開しているこの防御術式は、オークの盾兵たちが大がかりなシールド型祭器で発動している防御術式と同等以上の強度を誇る。
そして剣杖による発動補助を加えたレンとミスラの術式の早撃ちは、ほとんど理不尽と言えるほどに早い。
レンは銃弾を避けることすらせず、刀を抜き放つと、自己の存在を誇示するようにゆっくりと彼らへ近づいていった。
オーク兵の側も慣れたもので、盾兵と銃兵が後ろに引く――車輪のついた大砲が引っ張り出されてくる。
攻城兵器と思しき大型火砲が、レンに向けて発射される。
大質量、大威力の砲撃。
砲弾が爆ぜる。
対人用に使うにはいささか
膨大な霊体質量を帯びたその肉体と、エーテルを導通する特殊な素材で編まれたゴシック・アンド・ロリータのドレスも無傷だ。
まったく動じないレンは、日本刀型の
砲撃で飛び散った泥一つ、レンに付着することはなかった。
オークの砲兵が困惑し始めたタイミングでその姿がかき消えて。
跳躍。
一跳びで間合いを詰めたレンの斬撃――銃剣を構えていたオーク歩兵が、甲冑ごと切り裂かれて絶命した。銀色の液化エーテルの血が宙を舞った。
次の瞬間、反対方向に跳躍したレンは、着地点にいたオーク歩兵の頭部を踏み潰しながら兜ごと別のオークの頭蓋を切り裂く。
結晶化エーテルの脳組織がこぼれ落ち、絶命したオーク歩兵の死骸が転がる。
エーテルの崩壊光。
ひゅん、ひゅん、と音がする度に生首が宙を舞う。
『ギ、ギャィアアアアアアアアアア!!』
濁った断末魔が次々と奏でられ、銀色の体液と共に骸が量産されていく。
たまらず銃剣を槍衾のようにするオーク歩兵たちは、突き出した銃剣ごと肉体を引き裂かれて即死した。ぐちゃぐちゃになった死骸が挽肉のようになって周囲のオーク兵の周りにまき散らされる。
理不尽だ。
明らかに刃長八十センチの剣ではありえない攻撃範囲が、彼らに襲いかかってきている。
そしてオーク兵に逃げ場はなかった。
陣形が崩れた箇所から瞬間移動したようなレンに捕捉され、真っ二つにされていったからだ。仲間の死を、断末魔の叫びとエーテルの崩壊光が報せてくれる。それはもはや、歌のように戦場に響き渡る調べだった。
防御術式に守られた鉄壁の要塞だったはずのオークの戦闘陣形は、今や同胞の死骸に囲まれて身動きもままならない死地であった。
亜音速で疾走する戦車に等しい怪物が、ありとあらゆる装甲を切り裂く斬撃と共に突撃してくるのだ。
剣杖が振るわれるたび、オークの首が飛んだ。手足が枝鋏で剪定された枝葉のように宙を舞い、甲冑は何の役にも立たず両断されていった。
『――
彼らは恐れおののき、恐るべき神話の主たちの名を叫び、許しを請いながら死んでいった。
それでもなお逃げるのではなく一矢報いようと銃剣を手に突撃するものが大半だったのは、流石に
ともあれ、結果は無慈悲で揺らぐことはない。
そうしてあっさりと方陣の一つを壊滅させたレンは、すぐに反転して反対方向の方陣にも同じ攻撃を仕掛けた。
圧倒的な強者に挑んだオーク兵の側の創意工夫、旺盛な戦意は特に何の意味もなかった。
東、西、南方向のオーク兵の軍団は蹂躙されて。
――レンは、デーモンのほとんどを単独で討ち取った。
――それは虐殺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます