農村に淫魔が出た!






――都市ヨミナガ。



 都市計画もクソもない雑多な建築物が軒を連ね、郊外になればなるほどデーモンの襲撃の頻度が高いためにスラム化が著しい街。

 そんなろくでもない街並みの一部として、生体コンクリートで作られたビルがある。


 アサバ探偵事務所と書かれた看板が掲げられた、古ぼけたビル。

 

幾度かの戦争で一度は粉々になり、焼き尽くされた街並みが再建されるには百八十年という時間は十分だ。

 その昔には市街戦を経験したらしいビルの壁には、塗装を新しくしようと誤魔化せない弾痕が刻まれている。ビルの一フロアを丸ごと借り上げた一角が、レンとミスラが住む我が家であった。


 オフィスと応接間を兼ねた一室で、レンはパチンパチンとそろばんを引いていた。

 比喩表現ではない。

 ゴシック・アンド・ロリータのドレス姿の美男子が、椅子に座って事務仕事をしていた――と思っていただきたい。男は今、黒い長髪をひもでくくってポニーテールにしている。


 かの大崩壊とその後の核戦争などの影響により、地上の電子機器は一度ダメになっている。半導体の製造を行っていた工場の類が、熱核兵器の応酬で吹き飛んだあの時代を経て、人々の文明レベルは一度大きく下がった。


 今では聖塔連邦のような文明再建に成功した勢力が、高度な電子機器の再生に成功しているが、ここヨミナガにはまだまだ一般には出回っていない。

 レンの稼ぎならば手が出ないこともなかったが――そもそも依頼人や取引先が電子化されていないのに、自分だけコンピュータを持っていてもあまり効率化はされないのだ。


 そしてフリーの傭兵と言えば聞こえはいいが、その実態は自営業である。これでも真面目に税金を納めている――なんとヨミナガは徴税機構がきちんと機能しているのだ――レンは、お金の収支を帳簿に記入するマメな質だった。

 ミスラの方はそんな師のデスクワークを横目に、レンが調達した教材で自主学習に取り込んでいた。

 科学技術に興味があるらしい少女は、連邦経由で入手された紙の参考書を読み込んでさらさらとノートにまとめている。


「師匠、そういえば疑問なのですが」


「うん、なんだ弟子よ」


「どうしてわたしも師匠もデーモンハンターなのに、探偵事務所なんです……?」


 レンは顔を上げた。

 黒い絹糸のような髪をボブカットにしている少女――レンが自らハサミを入れてあげている――はペンを持つ手を止めて師匠をじっと見つめている。

 その端整な顔立ちに浮かぶのは、他意のない疑問符だ。

 ゴスロリ服の男はつるりと顎を撫でた。髭の剃り跡一つない乙女のような肌。


「昔見たハードボイルドな探偵映画があってだな、地元の有力者の一族に探偵が関わっていくわけなんだが」


「映画というと……大崩壊前にあった映像産業でしたか」


「そうそれ。おおむね九十分から百五十分の間で一つの物語をまとめる総合芸術だな。面白いものは面白い」


 そういえばヨミナガには映画館がない。

 娯楽産業など戦火の中では真っ先に淘汰されるから仕方ないのだが、こういうとき、二十一世紀前半生まれには定番のネタが通じないのでちょっと寂しい。

 もう二十三世紀になるというのに、この世界は歪な形で生き残ってしまった。


 地球上の一部には常温核融合炉とその恩恵が行き渡る一方、文明崩壊と世界大戦の傷跡が残された地域は復興もままならずに放置されている。

 そういう不平等さの表れが、ミスラのような子供たちの世代にまで波及している。それがレンには歯がゆかった。


「ちなみに……探偵は依頼人を救えない胸くそ悪いエンディングだ。ヒロインの悲鳴が耳に残る」


「縁起でもないネーミングじゃないですか!」


「でも依頼を受ける探偵は恰好いいから……」


「師匠のよくわからない懐古趣味が入ってるのはよくわかりました」


「懐古趣味は……否定できないが……ううーん」


 そのときである。

 コツコツコツ、と階段を登る音。

 おそらく体重は五十五キログラム以下、子供か女性と思われる足音だ。

 少し身構えながらレンは使い込んだ剣杖ソードロッドに手を伸ばす。ミスラの方も即座に〈光の盾〉を展開できるよう事象変換術の準備をしている。


ミスラの剣杖は携行しやすいナイフ型のもので、今もそっと腰のベルトに手挟んだそれに手を添えている。

 万が一、相手が依頼人ではなく自動火器で武装した襲撃者だったときに備えているのだ。


 今のところこの事務所に居を構えてからそのような事態に遭遇したことはないものの、過去、レンが経験したことのある事例である。

 次の瞬間、探偵事務所のドアが開いた。


「こ、こんにちはー……?」


 おっかなびっくり顔を覗かせたのは、如何にも田舎から出てきましたという感じの少女だった。

 敵意はないようだった。

 服装にも不審な点は認められない。

 レンがうなずくと、私服のパーカーを羽織ったミスラが立ち上がって、少女へ手を差し伸べた。


「ようこそ、アサバ探偵事務所へ」


「えっ、私、ここがデーモンハンターの事務所って聞いてきたんですけど」


「師匠、やっぱ事務所の名前を変えましょう」


 ミスラは真顔で言い放った。

 なんてことを言うのだ、と思いつつ、レンは愛想のある笑顔を依頼人へ振りまくのだった。








 嗜好品のハーブティーをティーカップに注いで、どうぞ、と差し出すレン。だが、依頼人の少女はカップの中身に手を出すこともなく、物憂げな表情でいる。

 どうやらよほど不安に押し潰されそうらしい。

 若草色の髪を短く切りそろえた娘――カナはきょろきょろと事務所の中を見渡している。

 物珍しいのだろうか。


「話をまとめると――二週間ほど前からカナさんのいる村の大人たちの様子がおかしい、村長がどこからか見知らぬ若い女を連れてきてからそうなった、と?」


「はい、お父さんたちの様子がおかしくて……それに村長、モテるような人じゃないんです。なのに怖いぐらいの美人を突然連れてきて……みんな詐欺に引っかかったんじゃないかって噂してたんです。そしたら大人たちまで急に様子が変になって……みんなあの女の言うことを聞くようになったんです……」


 この場合の村というのは、大崩壊以前からある地方自治体のことではない。

 むしろそれ以後、デーモンに由来する事象変換術フェノメノン・コンバータの解析が進んだことで、旧文明のそれを代替できる手段がそろってから成立した農業プラント――それが村の正体だ。


 彼らが村とか村民とか呼んでいるものは、実際のところ高度なテクノロジーに由来するインフラ設備と、その住み込み労働者のことを指している。

 基本的に農業は多大なマンパワーか、それを代替する機械的労働力を必要とするし、大勢の人間を食べさせるだけの生産性の維持には極めて高度な知識と資材の投入が必須条件だ。

 ヨミナガ地方に点在する村は、そうして文明の復興過程で生じたものが大半である。


「農業プラントにはヨミナガの警備隊が巡回していたはずだが……」


「大人たちが洗脳されてるので……」


「そこでカナさんは街まで出てきた、と……どうやって?」


「うちの親父を殴り倒して村の電動トラックを盗んで街まで走ってきました」


「思ったより行動力ありますね……」


 行動力の化身がすぎる。

 感心したようにうなずくミスラを横目に、レンは「どう転んでも面倒ごとだな、これ」とアルカイックスマイルのまま確信した。

 ここで依頼を断って放り出しても、この少女が他の悪質なデーモンハンターに食い物にされるのは目に見えている。

 かといってこのまま依頼を引き受けたとしても、果たして依頼料を払って貰えるかは疑問もいいところだ。


「……ちなみに依頼料の相場はこんな感じだ」


 レンはヨミナガ近郊で流通している連邦貨幣で依頼料を提示した。

 良心価格である。

 デーモンハンター協会を通していない分、協会の管理費を乗せていないので割安だし、フリーの傭兵なら普通はもっとふっかける。


 しかし同時に目の前の如何にも着の身着のまま家出して来ました、という少女に支払い能力があるとは思えない。

 子供の小遣いの限度を超えている額だ。

 案の定、カナは顔を強ばらせた。


「うぐっ……か、解決した暁にはみんなを説得してみせます……」


 正直な娘である。

 虚偽申告しなかったのは好感が持てる。依頼するときだけ気前のいいことを言って、支払いの段になって渋る輩などいくらでもいる。

 そもそも前金制にしないレンがお人好しなのだが、それはさておき。


 レン的にはちょっと引き受けたい気持ちが勝ってきたのだが、さて、どうしたものか。

 顎を指でさすりながら彼が思案していると、彼の後ろで話を聞いていたミスラがずいっと身を乗り出してきた。


「師匠、ここは引き受けましょう。ここで見捨てるのは正義に反します」


「弟子よ、おまえ熱血だな……遠いぞ、たぶん虫とか出るぞ」


 カナが食いつくようにダメ押ししてきた。


「と、遠いですけど盗んだ軽トラでお二人を運びます! 安心してください!」


「では帰りの手配も頼むとしよう」


「……ひ、引き受けてくださるんですか!?」


「まだデーモンの仕業と決まったわけではない。もし空振りだった場合も出張費用は請求させてもらう」


「は、はい……」


 世間知らずの家出少女はしおしおになっていくが、このご時世に慈善事業みたいな真似をしているな俺は、とレンは切ない気持ちになる。

 しかしそんな彼を見て、弟子はニコニコと笑っている。

 まあミスラがいいならよしとするか、とため息をつくレンであった。







 カナの住んでいる村は、正式名をヨミナガ第三十二農作物生産プラントという。

 今からざっと百年ほど前、荒れ果てた土地だったヨミナガ地方を平定したとある都市国家が、食糧生産のために建設したものである。


 当時、最新の非生体依存式事象変換術――要するに異能力を持った人間がいなくても起動できる、純然たる工業設備としての魔法の産物――を駆使して構築されたそれは、複数の太陽光発電パネルと育苗工場、そして電動の作業機械から構築されている。


 驚嘆すべきことに、ここには極めて高度な自動化システムが整備された。

 掘っ立て小屋が立ち並ぶヨミナガのスラム街より、よほど文明が色濃い風景である。

 それも当然であろう。


 この農業プラントは文字通り、ヨミナガの人口を支える要の一つなのだ。

 都市部の安価な労働力としての人間よりも、統治側にとってはコストを支払いたいシステムの一部だ。もっともそれは、ここに拘束される労働者――農民にとって幸福なことかはわからないが。


 少なくともその景色は、レンが知る大崩壊以前の田園風景とよく似ていた。

 夕暮れの下に広がるのどかな田園風景といった風情――しかしその景色を楽しんでいるのは、ハンドルを握っているレンだけのようだった。

 ゆっくりと農道の片隅に電動トラックを止める。


「つ、つかれた……」


「うぇえええ……き、気分が悪いです、ししょお……」


 交替で運転していた依頼人のカナはだいぶ疲労の色が濃かったし、彼の弟子のミスラに至っては青い顔で電動トラックの荷台に寝転がっている。

 道路らしい道路もない悪路を、丸一日かけて移動してきた結果である。

 そりゃあ普通は疲れる。そしてミスラは見事に乗り物酔いを起こして死にそうになっていた。


「弟子よ、吐くときは外でやりなさい」


 無言。

 幽鬼のように立ち上がったミスラは、生まれたての子鹿のように震えながらトラックから降りて。

 四つん這いになると、その口から吐瀉物のブレスを発射した。


「おげろげろげろ……」


 運転席から降りたレンは、優しくミスラの背をさすってやる。

 びしゃーとゲロが追加で発射された。

 大変見苦しい光景である。


「ほれ水。口をゆすげ」


「ううっ、すいませんししょお……」


「まあちょっと今回の遠征は無理があったからな、次回から俺も気をつけよう」


 涙目の愛弟子を慈愛の瞳で見守りつつ、レンはゆっくりと立ち上がった。

 最悪のタイミングだった。

 デーモンハンターとしての感覚が、この村に敵がいることを感知していた。

 ゴシック・アンド・ロリータの黒いドレス姿の男は、左腰から提げた剣杖ソードロッドに右手を添えて。


「ミスラ、カナさんを守れ」


「……はい」


 まだ顔は青いままだが、ミスラも臨戦態勢に入って、ゆらりと立ち上がった。

 吐くものを吐いて気分も落ち着いたと見える。

 レンはそのまま走り出した。妙だった。ここは部外者が普段立ち入ることの少ない農村部、このように盗んだトラックを農道に止めれば、すぐにでも見つかりそうなものなのに。


 誰一人として様子を見に来る人間がいないなど、ありえるのだろうか。

 デーモンの気配がする方角へと走って、走って、走って。

 戸を蹴破るように住民の住処と思しき小屋に踏み込む。冬場でも雪の降らないヨミナガ地方らしい、屋根に高効率ソーラーパネルを取り付けた民家だ。

 いた。


 テーブルと椅子が並べられた屋内、電気調理器で湯を沸かしている女が一人。

 なるほど美女である。白くなめらかな肌、艶やかな金のウェーブを描いた長髪。そして何よりその肉付きはありえないほど豊かだ。胸も尻も太もももはち切れんばかりである。衣服の厚い布地の上からでもわかるほどに豊満な肉付き。

 こちらの方を振り返った女は、にっこりと人好きにする笑顔を浮かべて。


「アイスティーでよかったかしら」


 レンは迷わず抜刀した。

 目にも止まらぬ抜き打ちの斬撃――グラスを差し出した右腕を切断する。首を狙ったそれを避けられた。堅い。まるで鋼鉄の塊を切断したような感触。

 人間ではありえない霊体密度。

 腕を両断されたにもかかわらず女の表情は変わりなく、その断面からあふれ出すのは銀色の液化エーテル。


 間違いない、こいつは夢魔だ。

 切断されたはずの腕の断面がぼこりと泡立ち、レン目がけて銀色の体液が放射される。

 自らの体液を用いたウォーターカッターのごとき魔力放出。

 横に半歩、身体をズラして避ける。


 銀色のウォーターカッターを浴びた小屋の壁が跡形もなく消し飛ぶ。

 凄まじい轟音。

 人型をしているが身体構造が何一つとして人体のそれに準拠しない化け物――夢魔種サキュバスのデーモンはそのまま後ろに跳躍し、窓ガラスを突き破ってレンから距離を取った。


 黒髪ロングヘアに黒いゴスロリ姿の男は、そのあとを追って追撃。

 屋外に飛び出した二人――デーモンとデーモンハンターが対峙する。

 片腕を切られたはずの夢魔は、すでにその再生を終えていた。新しく生えてきた右腕は、いくつもの関節があり、胴体よりも長いムカデのような構造体がとぐろを巻く異形。


 それが、音の速さで振るわれる。

 音速の壁を突き抜けたソニックブームの衝撃波。

 ムカデじみたムチの連撃――そのすべてを見切って刀を振るった。

 斬撃、斬撃、斬撃。

 バラバラに切り裂かれたムチが宙を舞う。

 レンが追撃しようとしたそのとき、夢魔が口を開いた。



「淫夢を見せてあげるわ! 野獣のような声を上げてイキ狂いなさい!」



 刹那、夢魔は口から毒霧を浴びせてきた。だいぶ物理的な催淫攻撃である。

 しかしながら不発――レンには効かなかった。効かないとわかっていたので回避すらしていない。

 デーモンは慌てた。


「バカな、発情しない!?」


「美少女なので……効かない!」


 レンは断言した。

 なお事実関係を正確に表現するならば、夢魔の発した催淫ガスは対象の性的嗜好にかかわらず化学的作用として発情状態をもたらす。

 このため通常、人体であれば何らかの生理的反応が発生する。

 これが効いてない理由は単純である。


 アサバ・レンの肉体構造はすでに

 ともあれ必殺の不意打ちが完全な不発に終わったため、夢魔は必死に話題を逸らそうとした。

 殺し合いの場では不利と悟ったのである。


「ちょっと待ってくれるかしらデーモンハンター、どうしていきなり剣を抜くの? これって極めて深刻なディスコミュニケーションが生じてるんじゃなくって?」


「夢魔はデーモンの中でも最低最悪の種族だ、はっきり言って存在として低劣極まりない」


「ククク……ひどい言われようね、まあどう足掻いても差別発言なんだけれど」


「おまえたちがすぐ人を殺さなければいいのだがなー、すぐ殺すからなー……職業倫理として俺はおまえを斬る」


「私、まだ悪いことしてないわよ?」


「一般的に人間を騙してコミュニティに潜り込んで催眠をかけるのは悪行だが?」


「あぁ、そこまでバレてるなら仕方ないわね?」


 あっさりと前言撤回してきた。

 これだからデーモンと会話するのは嫌なのである。特に人間社会に潜伏してよからぬことをしようとする夢魔は、話しても仕方がないやつの上位に入る。

 端的に言って詐欺師とおしゃべりするのと大差ないのだ。


「あの子が逃げたせいでこっちは予定を延期したところよ、まさか自分から戻ってくるとは思わなかったけど――」


 次の瞬間、レンは剣杖に通した魔力を励起させ防御魔法〈光の盾〉を展開。

 きゅぱぱぱ、と音を立てて銃弾がエーテルの盾に弾かれた。

 銃撃。

 射点はすぐにわかった。


 レンと夢魔の両方を見渡せる電動トラクターの格納小屋――その屋根の上に、複数の人影が立っている。

 遅れて発砲音が聞こえてくる。

 金属薬莢、炸薬式のライフル銃――おそらくは自衛用に農業プラントの住民が持っていたもの。


 夕暮れの西日を背負って、無表情な作業服姿の男たちが射撃してくる。

 レンはそれを避けることなく〈光の盾〉で弾きながら、余裕の表情でデーモンに問いかけた。


「お得意の催眠か?」


 遠くから銃声が聞こえた。

 ミスラとカナを残してきた方向だった。


「早くお仲間を助けに行った方がいいんじゃなくって?」


 レンは笑った。

 なるほど、そういう脅しか。

 しかしそれはデーモンハンター・レンにとって重要なことではない。


「俺の弟子は必ず依頼人を守る」


 ゆえにこのデーモンはここで殺す。


「タフな男ね……感情を見せずに戦って傷つくことがの勲章だと思い込んだ悲しき生き物……の犠牲となった心が、その可愛らしい衣装の下には秘められているんでしょう?」


「中身がない口上を述べないと死ぬのか?」


 呆れてレンは呟いた。

 夢魔種サキュバスのデーモンは、人間に化けて潜伏することに長けている。異界からの侵略者であるデーモンの中でもその有害さにかけては飛び抜けた存在である。


 そういうわけなのでなんか意味深な台詞にも大した意味はない。彼らはつまるところ、あの独自の嗜好で人間を食い殺していた双頭の獣と大差ない。

 こちらにとっては考慮しようのない自身の都合で、人間の命を消費する化け物だ。


 結論から言えば――ライフル銃による銃撃が不発に終わった時点で、このサキュバスは完全に詰んでいた。

 刹那。

 レンの姿がかき消えたかと思えば、夢魔の首が飛んで、胴体が斜めに切り裂かれて。



「ぐ、がっ――」



 崩壊していくエーテル結晶体が放つ七色の光。

 銀色の血液をまき散らしながら、サキュバスだった肉塊が地面の上に崩れ落ちた。

 完全な絶命だ。


 サキュバスが倒れると同時に、催眠をかけられた人間たちからの攻撃も止んでいた。

 糸が切れた操り人形のように屋根の上にへたり込む男たち――しかしレンとしては彼らに構っている暇はなかった。


「さて、無事だといいが」


 そう呟いて、ゴシック・アンド・ロリータの男は弟子のいる方へ走り去った。







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