第29 話 研修〜業務引き継ぎ

「卿が推薦した丙吉はこの丙吉で間違いないな?」


 陛下が丞相閣下に確認する。もし違ったらどうするつもりなんだろう?


「間違いございません。さっそく引き継ぎを行いたく。丙吉さん、よろしくです。」


「魏相……丞相閣下。よろしくお願いします。」


 かつての友人が陛下の側近を務めている。そこから業務引き継ぎを受ける。なんか距離感が狂う。


きっくん距離感おかしいよ。ここは三人とも家族みたいなもんだし、きっくんがしょうちゃんの後釜なんだから立場は対等なんだよ。」


 そういえば皇室機関説というのがあってどこぞのアホが機関車と勘違いして怒り狂ったと言うが、たしかに政府要人ポストにも前釜、後釜という言い方がある。もう蒸気機関車なんか走っていないが、蒸気機関車時代に機関車を釜と呼ぶようになり、今でも釜という単語の三番目くらいの意味に機関車という意味がある。そして二番目くらいの位置に生物的に男性だが<以下自粛>


 魏相のやつも陛下とのアッーを断れずにつらい思いをしてきたのかもしれない。


「ひさしぶり。なんか大変だったみたいだね。」


「そうなんですよ!丙吉さん聞いて下さいよ!」


 えっ本人の前で話していいの?アッーとか薔薇の付き合いが大変だったんだろ?


 そもそも麗阿の店を知ってるというだけでアッー耐性は確実に数レベルアップする。病気や痔のことを気にせず、その場の痛いのさえ我慢すれば跡形も違和感もなく治せるご都合主義な治癒師なんて控えめに言ってもチートだ。しかしチートといっても陛下に襲われたときの対処療法としてしか使えないのだが。


「いやぁ、皇后陛下が居なくなった時の取り乱しは大変なものでしたよ。長安が血の海になるところでした。そこをなんとか4000人程度までに絞りましたよ。なんとか死罪を減免出来ないか一人一人検討して徹夜続きでしたが厳密に法律適用したら死刑になる他ない人って結構多いんですね」


 えっ?そっちですか?いや、魏相は恋愛対象とは見られてなくて実はオレだけ?


「そ、それは悪かったと思っておる」


 陛下が少しふくれてる。冷徹だが有能な君主だと信じていたが、そんなことがあったの?超怖い。その4000人の処刑と言っても人の命が異様に軽かったこの時代としては決して多い数字ではないが、そのメンツが高官の地位を占めてた霍家ばかりだったのでインパクトは絶大だった。


「ともかく法に則らず人の命を奪ってはいけませんと法治国家の原則を盾にとってお諌め申し上げたのです。事実の徹底的な確認と疑わしきは罰せずの原則を破れば示しがつきませんと。そして、主を諌めるとなれば自身の首を差し出すのは当然のケジメですので、引退することにしました。」


「だから悪かったと言ってるではないか。まだやめてほしくない。」


「表向きの名義貸しならびに、どうしてもとおっしゃるときに限りご相談には応じます。こちらからのアクションはいたしません。私の諫言を受け入れてなお、私が丞相を続けたなら後が続いて陛下の威光を笠に着て乗っ取る悪者が現れるのです。これは自分自身が良ければ良いのではなくあとに続く者に対するケジメです。引退させてください。」


「あとに続く者がここにいるんですけど……。」


 乗っ取るも何も、夜に忍び込んだ陛下に自分が乗られそうなんだけど……。


「もう口出しは二度としませんし、口出しする必要が無いことを確信しています。丙吉さんなら陛下を正しく導いてくれるはずです。それだけの優れた者でございます。」


「あぁ。知っている。」


「丙吉さん。陛下はこう見えて内面はとても繊細で弱いお方なんです。決して孤独にしないであげてほしい。ときにはとぎ……もとい……ハートに薔薇の花を咲かせてあげてください。」


お前なぁ……。途中までシリアスかと思ったらやっぱりそうなのか……。


きっくん。よろしくね。」


 陛下その呼び方は他の場所ならいざ知らず宮殿内だけは勘弁してください。他の人に悟られます。


「きっくん、きっくん♥」


 魏相め、陛下にオモチャを買い与える感覚でオレを嵌めたな!


「人を大切にする心があればご乱心であってもあの暴挙には出ないでしょう。それに、それがしの本分は建てまくり道路引きまくり新制度施行しまくりのイケイケの攻めの行政ですが、これからの親政に必要なのは丙吉殿のように『余計なことをしない』行政です。役人というのは要不要でなく自分の仕事のために仕事を作り出すようになる傾向があり、その結果東方にある哀れな島国は住民は重税にあえぐなか増税に次ぐ増税、役所の予算は常に上がる一方、誰も求めてない薬やクーポンの押し付けにより国民が疲弊しすぐに国が滅びました。その轍を踏まないためにも丙吉さんのような人が今まさに適任なのです。」


「朕の治世も次のフェーズに入ったと言うことだな」


「御意にございます。」

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