志を果たしていつの日にか帰らむ
丙吉、丞相になる
第28 話 陛下の過去〜ヘゲモニー争奪
栄華を誇った霍家の滅亡。
まだ先月のことで生々しい記憶として残っている。それはたった一日の出来事だった。皇后陛下に砒素をドーピングしてガス室に閉じ込めて
許皇后暗殺はもし成功していたなら音もなくあたかもそのまま消え去るかのごとき完全始末だったが、その準備が大掛かりで関わった人数が膨大になり、そこから漏れた。犯人が霍兎による指示である旨をゲロったせいで芋づる式に霍一族の公私混同と横領、パワハラ、略奪までもが明るみに出て霍一族でホコリが出なかったものは一人もいなかった。
巻き添えやとばっちりだと言う人もいるが、例外なくそういう人は霍一族の誰とも接点がなかった人だった。接点という意味では丙吉も職場は霍光将軍のバックオフィスでの管財やら雑用なので接点がある側の人間だ。
死罪判決4000人。数日のうちにスピーディに処刑された。まるで
罪状は一人一人全部違い、コピペの死刑判決だった巫蠱の獄と全く異なり証拠も全て対応付けられて処刑台へと送られた。そこに未来への希望を託せる赤子は居なかった………。本当に文字通りの意味で一家断絶。
そしてこの時を以て陛下の親政が始まった。重要ポストを占めていた霍一族の空きには陛下のお気に入りが次々と指名されて着任した。つい先月の話だ。いや、いうなれば丙吉もその一連の陛下のお気に入りの一人である。お気に入りというきれいな関係から一線越えるどころではなく既にアッチの世界まで行ってしまったが。
霍光将軍は既に死去してるが霍禹がその地位を無断で引き継いでいた。そしてその霍禹は死んだ。その代わりにすげられたのが張安世将軍。陛下の育ての親張賀の弟さんだ。麒麟閣は陛下を中心とする血は繋がらないが(被害者意識という)絆で結ばれた巨大なファミリーに占められることになった……。
もちろん、暗殺の陰謀も重要ポストの人事にもリアルタイムではそんなことに一切関わりを持たず、丙吉はその日もその前の日も毎日仕事をサボってゲーセンに入り浸ってた。
流石に進捗ゼロが怪しいとガン詰めされて本当の勤務実績を洗い出しながらこの日休んでた、この日実質休んでたなどと勤務表を片っ端から却下されてむちゃくちゃ絞られていた数日後に丙吉はその事件を知った。
「あの、勤務実態調査ってまさか陛下が?」
「そんな細かいことまで朕が直接命じたことはないが、冤罪の危険がないように事件への関与の有無は所属部署、雇用形態に関わらず全役人徹底的に調べろと魏相に言われてハンコは押したぞ。」
魏相というのは今の丞相だ。ヤツのことは新人の頃からよく知っている。奴はモーレツすぎてバランス感覚がおかしかったので、
ふと思い当たる。ヤツの念頭に俺のことがあって罰を与えるためではなく助けるために勤務実態を徹底調査させたのではないか。それはそれで結果からはとてもありがたいのだが、ヤツはオレのことを「どうせサボってる(から事件への関与はゼロ)に違いない」と思ってたからこそ、そしてそれが事実だからこそ、そうしたのだと思うと複雑な気持ちだ。
「朕にとって本当に居心地が良くなったぞ。魏相は朕の想いを必然に偽装して法家的な建前のもと実現させるのが実にうまい。」
「どうせなら同じ選別の篩に掛けるのではなくはじめから別枠にしてほしかったもんです。勤務実態調査のあの詰められ方、ホント生きた心地しなかったですから。」
儒家は露骨な身内贔屓を好むし、法家は出来レースを好む。丙吉は負けるが勝ちという隠されたルールによる出来レースで救済された。
「卿を引き合わせてくれたのは魏相からの紹介だよ。引退したいというので引き止めたのだが、後任にぴったりなスゴいヤツがいるんですよと激推しで紹介してくれた。まさか引退する魏相本人より年上、しかもバイトで入ってるサボり魔を紹介されるとは夢にも思わなかったし正気か?とも思ったものだがが、調べて真相を知るにつれて出会えて本当によかったと心から感謝しとる。」
えぇ〜、陛下までその評価するの〜。でもそれが悪評価ではないのは既に双方合意済みである。
「サボったほうが高評価になるのは陛下と私だけの特殊事情ですからね。」
丙吉が刑場でまじめに仕事をしていたなら陛下は赤ん坊の頃処刑されて、ここには居ないし、霍光将軍のバックオフィスでまじめに働いてたら皇后暗殺未遂疑惑に噛まされていて丙吉も処刑台の餌食だっただろう。その事実があるから働いたら負けなのだ。
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