第15話 陛下の過去〜獄中時代

 赤ん坊の段階で収監され、物心付いたときには既に塀の中だった。自分とともに檻の中に閉じ込められ、はっきりと残る傷だらけアザだらけの女受刑囚がおっぱいをくれる。この人がお母さんに違いない。お母さんにこんなひどいことをしたのは誰だ!


―――

「私ですね。」

「知ってた。」

「情緒教育上良くなかったですね」

「事情も先日知った。不問に伏す。」

―――

 一人で動けるようになった途端に幼児労働。といっても荷物を各囚人房に届けたり、中間成果物の後続工程への輸送が主で台車も使っていたので子供でも特に問題なくこなせた。ここで物資の循環を経て財が作られること、囚人仲間の居場所、そしてそこでおじさんたちからいろいろ教えてもらった。


 普通の暮らしって何?わいコレしか知らないから何も変だと思わなかった。

 倒れるまで働き、肉体的にも精神的にもずいぶんと鍛えられた。おじさんたちはみんな親切だった。


――

「早くも人脈形成しとりますな。天子の器というものでしょうか。」


「特権階級の御曹司として甘やかされていたらこの人脈とのオレお前の関係にはならなかったでしょうし、何が何でも現行秩序を打倒するという本気も引き出せなかったでしょうね」


「私がライブチケット確保に奔走してた頃ですな。」


「道理で朕のこと覚えてない訳だ。いいか、今はもう知ったんだからそういうものとして覚えてくれ。テストに出すぞ」


なんのテストやねん?

――

 お母さんとおじさんたちが話してる。今夜は必ずヤルと。ここが監獄であることは知っている。脱獄か?


 寝たふりしつつ夜を待つ。何をやるんだろう?


 ドカーン!夜空にひときわ大きな花火が上がる。バンバンバンバン!爆竹が止まることなく鳴り響く。


なんだお祭りか?


ここではないどこかへ行けるのだと期待して損したと寝た。翌日門の前には見慣れない官服姿の男が吊られていた。

――

「これは卿か?」

「記憶にございません。」

「則は知ってるか」

「えぇ。丙吉さんではありません。」

「誰なのだ?」

「査察団の放った間者ですね。張賀さんから情報もらってました。この日侵入するだろうと。だから不穏な音が漏れないよう花火大会を催しその騒音の中で締め上げました。」


 張賀というのは、元皇太子の側近で脇が堅く巫蠱の過のなか宦官にされたがしっかり宮殿の中に留まって中央政府の動向を情報提供していた巫蠱の禍被害者の会宮廷内支部長であり、劉病已の出所後世話をしたことで知られる。宣帝の育ての親だ。


「お前ら塀の中から既に繋がってたんかい?」

「政府公認だけが人間関係じゃありませんから。」

「知らぬは看守だけなんですねぇ」

「お前が言うな」

「知ってて見逃してたんじゃないですか?」

――

 お母さんもおじさんたちも、ここの看守は素晴らしい、天下を取り戻した暁にはちゃんと褒美を取らせないとなガハハハとお気に入りだった。お母さんにあんなひどい傷を負わした悪い人だと思っていたが、そのお母さんまでが一緒になって褒め称えている。どういうこっちゃ?

――

「こういうことだったんですね……。」

「他人がどう評価するかまでは介入出来ませんよ。悪い評価でなくて良かったとしか」

「公式記録見る限り中央政府からの評価は最悪だったけどな。」

「そういう仕事ですから。中央政府の代わりに受刑者の遺族に恨まれるのが規定された職務。そんな仕事は働いたら負け。すっぽかすに限る。」

「違う仕事でもすっぽかしてたんちゃうん?」

――

 それから暫くして、出所準備教養講座が始まった。おじさんたちが先生。看守のおっちゃんは今日も不在。おじさんたちはヤツならどうせ風俗でも行ってるんだろと噂してた。

おじさんたちは、主に法家、道家を教えてくれた。儒家に関しては看守には敵わねぇとあえて看守のおじさんの枠を残していたが、ついには出所の日まで看守のおじさんから何かを学ぶことはなかった。

――

「学ばんでええ。学ばんでええ。どうせ風俗のことばかりよ」

「子どもにそんなこと教え……ただろうな当時のワシなら。」

「これで朕は儒家が嫌いになりましたね。」

――

 出所の日、真新しいきれいな服と靴、その替え一式と当面の生活資金を渡されて、塀の外に出た。こっちが普通の人たちの暮らす世界。塀の中が異常空間だとおじさんたちには教えてもらったけどいまいちピンとこない。生まれ育った場所を立ち去る一抹の寂しさを感じた。おじさんたちといっしょに出所祝いに美味しいフルーツでも食おうと八百屋やおやに向かう。

――

「ここが私が陛下を見た最後ですね。」

「でも一緒にいた時間も朕のこと知らなかったではないか?」

「何百人相手してると思ってるんですか。一人一人密着して見てられるわけないじゃないですか。」

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