第9話 今更恩人だなんて言ってももう遅い

 巫蠱の禍の容疑者たちの無罪放免の事務作業が数年の月日を経てようやく終わり、収監されていたほとんどが出ていくことになった。そうはいっても罪はもともとありませんでした。だから収監前に戻りますという簡単な話ではない。逮捕し収監された時点で財産は没収され、取引先には債務不履行を余儀なくされ、一度塀の中に入れられたら生活を立て直すことが出来なく、とりあえず飯にありつくためだけにくだらない犯罪をしてムショに帰ってくる者が絶えない。

 このときのために作ってきた裏金だ。丙吉が預かっているだけで誰が幾らと全部管理してたので出て行く者たちの分は精算して本人に渡す。役務で作ってきた衣類や身の回りの品もここを立つ者の分は持っていても不良在庫になるので当人たちに渡す。丙吉の出所者独立支援セットだ。


「もう来るんじゃないぞ」

「居心地良かったですけどね~。残念だな。」

塀の中の懲りない面々を送り出していくが、その中に少し気になる数組の囚人の塊があった。互いにチラチラと目配せして、明らかに出たあと何かやることを計画してる。出たあとも要注意だが、送り出すまでがうちの仕事、仮に奴らが留置場に襲撃かけてきたとしても政治犯は一人も残らず退所済みだし、職員も定時を過ぎたら夜の街に繰り出すだろうしもぬけの殻だ。もちろん丙吉オレも役所を終えたら夜の街へ。


 一通り送り出した後、日が落ちる前の商店街をうろついていたら、閉店準備でお野菜やさいを片付けている八百屋やおやの前でさっきお互いにサインを送り合ってた元囚人仲間が複数集まり恭しく少年に接している。

 なるほど。野郎ばかりの塀の中で性的嗜好が倒錯してしまったんだな。服役中の態度は模範的だった奴らだったし出所を喜んでいたみたいだから法に触れるようなことはしないだろう。せいぜいかわいい王子様と仲良くヤっててくれたまえ。


―――

「僕が出所した日ですね。」


「合点がいきました。彼らにとってショタ趣味の対象とかそういうのじゃなくて本当に王子様であらせましたか。」


「ええ、彼らは元皇太子の側近として皇太子の子であった私の父に仕えていたものたちです。祖父と父は巫蠱の禍で真っ先に処刑されました。」


「そのようなことは教えてくださいませんでしたが」


「皇帝に処罰された一門でもありますから。そこはどこに敵がいるかわかりませんし、そもそも丙吉さんだって、職業上は敵だったでしょう。」


「宮殿の殿上人たちが留置所の窮屈な3段ベッドに強制労働によく耐えられたものです。」


「殿上人である前に人間ですから。人間が生きられる環境でさえあれば適応して生きるしかないじゃないですか。」


「……職務だったとはいえ皇族の方々に対して申し訳ないことをしてしまいました。」


「いえ、死ぬこと以外はかすり傷。生命を繋いでいただいたことの前にはそれ以外の話はどうでもいい話です。感謝してもしきれません。」


「では、もうひとつだけ、陛下に無礼を承知の上、お伝えしたいことがあります。発言を許してくださいますでしょうか。」


「今更ではないか。朕が生きているのは卿のおかげだ言葉で死ぬことはない。何を言っても許す。遠慮なく言ってみたまえ。」


「………預かってた金目のものを払い出してうちから金目のものがなくなった途端に妻に出ていかれたんです。家土地車は妻のもの。鍋釜子供が僕のものとしてダンジョンのような乱世の野外に単身捨てられてしまったんです。もしあの時に助けてくださいましたら失業することもなかったでしょうに。!!」


「以上となります。大変ご無礼を。言っても何の解決にもならないことはわかっております。のでございます。」


「ふむ、それで家に入れてもらえず立ちションで捕まって法の番人たる役所が軽犯罪法に抵触する者をおいておくわけにいかず懲戒処分されたというわけか。合点がいった。朕の名をもって、過去に遡って立ちションを緊急避難と認定し軽犯罪を免除して懲戒処分を取り消し、次に公職につくまでの期間の禄を今月度の俸給に上乗せ支給しよう。いや……次の公職は霍光将軍部隊臨時職員の倉庫番だからもとより下がるな……。細かいことはもういい。支払いまでの利息として今日まで平均的なキャリアで推移してきた計算で支給する。失業していた事実は無くその間も皇帝の命に従っていたという話にする。」


えらい細かい事まで調べ上げている。陛下の前で隠し事は無意味だ。その割にここから名誉挽回とか誤解してたようだが?何故なのか?確かにプライベートの行動についてはわざわざ日報に書いてはいないし、査察団の日程調整についても報告書上は私事都合だ。


「卿の好きな大秦国の言葉で言うならば『Never too late.』である。何事であろうとも生きている限り遅すぎるなどということは決して無い。」


「それで妻は……」


「金目のものがなくなった途端に夫を追い出してしまうような者はそこまでの者であろう。世の荒波に洗われてメッキが剥がれたのだから、かのような者と付き合い続けて傷口が大きくなる前で良かったのではないか?」


 皇帝陛下はまるで厳しい神のようなお方だ。すべてをお見通しの上で本性から出てきた悪事に対しては容赦がない。

 しかし、それならば役所をサボって風俗に行くことには何故お咎めがないのか。そこは皇帝陛下の裁量の範囲なのだろうか、いや、この帝国において皇帝陛下の裁量権は万事に及ぶ。陛下が白いと言えば黒いものも白いのだから考えるだけ無駄だ。


「それとは別に勲章を与えたいのだが…。」


「そんなモンもろたら立ちションもでけへんようになるやろ」


お前そんなに立ちションしたいんか?

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