第19話 陛下の過去〜青少年時代

 謁見三日目


 陛下は何故か寂しそうにしている。今日も真っ直ぐ近づくと距離の2乗に反比例してばぁぁと顔が明るくなる。露骨すぎて怖いです。


「朋と昔話を語らうのも今日か次回くらいで終わりだと思うと何故か寂しさも感じるのう」


「陛下、事実について語る時、全ては昔話となります。未来について語るときは予定や算段となります。今日は昨日の翌日に過ぎません。同様に今日のことも明日には昔話になるのです。」


「そうだな。朕と卿が互いの過去を確認しあうのは他でもない、二人の……もといこの国の明るい未来をともに作っていく準備なのだからな。それでは始めるか。」


陛下のどろっとした目つきにゾクッとした。


―――

 張賀さんちに引き取られて、家族の一員になった。継母、継父となると血の繋がる本当の子供達との間に扱いの差があるというのが相場だけど確かに差があった。僕のほうが優先された。おとぎ話と逆だ。


 張賀さんが家族に周知徹底していたようだ。流石に気が引けるので、義理の兄妹が本当には困らないよう利用可能なリソースと義理兄妹の需要を、こちらから先読みして義理兄妹が本当に欠乏したり困らないように配分するように振るまうことで空気読む前に悪い空気にならないよう気を付けるクセがついた。

 義理の妹からはいつも、「将来、おにいちゃんのお嫁さんになるの!」と言われていて、張賀さんはよしよしと言っていたが、安世おじさんからは滅多なこと言うもんじゃないよと妹はよく怒られていた。


―――

「もしその志を貫いていたならいまごろ皇后陛下でしたなw」


「でももしそうしていたら今頃死んでいたかもしれません。」


 あぁ、許皇后が死んでないということを言っているんだなと理解したが、それは男と男の言わない約束だ。


「滅多なことってのはどっちの意味だったんでしょうな。皇后になる前提なのか、それとも無罪判決になったけど犯罪者扱いされてた男にという意味なのか。」


「たぶん、両方とも真です。曰く付きだった僕に人生賭けるのはリスキーだってことだと思いますよ。あのときの状況を冷静に考えれば安世おじさんの結論は全方向にわたって完全に正しいです。」


「そして許んとこに、お鉢が回ってくるんだから世の中よくわからないな。」


「許おじさんは張賀さんの部下で、僕と同じ寮で単身赴任してたんです。でも、平君と僕の結婚については相当奥さんと揉めたらしいですよ。」


「それ、難しい話ですな。でも殿下もお生まれになって、これからって時に残念なお方を。」


「ストレスもあったんだと思います。なんで産後で安静が必要なときに待て暫しがないんかね。あの腐れ儒家どもが急かすから……」


「あれ?」


「はい?」


「もしかして?」


「はい。許元皇后は生きてますよ。」


「それ知ってました。」


「朕と卿の間には隠し事は無しだ。何故もしかしてといった?」


「霍一族の処刑の根拠に使ったから、平君陛下は公式には死んだことにしてるかと?」


「霍一族は、未遂だが準備万端今日やるぞと行動起こしてた。毒が盛られた食事まで作られていたが、その日に平君は失踪してその毒をあおらなかった。未遂であっても皇后に対する大逆罪は逃れられない。だから霍一族郎党関係者を処刑した。間一髪であった。」


(あれ?また話が違う?……)


「ちょっと平君と皇太子殿下について内々に整理しませんか?」


「望むところだ。卿はどのように考えておるか?」


「道家の示す理想の君主の絶対条件である独り者となるために、また世間体の悪いヤクザみたいな外戚と距離を置くために死んだことにしたに違いないと。」


「それはない。マキャべリストたちが、匈奴の風習にならってお世継ぎを産んだら外戚一族郎党処刑するのが君主の取るべき道なのだから、朕ならそうするだろうという謎の期待を持っていたのは知ってるが愛する家族を罪もなく処刑するなどということはやらない。」


それは広漢が信じていた説だ。許はそういう人脈に囲まれていたのか。


「罪さえあれば処刑しそうですな。」


「広漢どのが15の夜にバイク盗み、庁舎のガラス割って回った罪状にはとっくの昔に宮刑という重い罰を受けている。追い討ちする趣味はない。ところで卿は広漢や平君とも、会えるのだろう?平君はどう考えておるのだ?」


「『皇后とかワケわかんないしマジでちょ〜ウケるんですけど〜政府に子供攫われてチョベリバぢゃね?』だそうです。」


「やっぱりなぁ」


―――


 昼飯ひとつでまるで何かのイベントのようなパレードももう慣れた。陛下の半生は午前の部で一通り聞いた。張賀のお墨付きだ。それなら安心して推薦しただろう。なんで生きているうちに教えてくれなかったんだろう。いや、思いっきり雀卓囲んで紹介していたのに自分が気が付かなかっただけか。

 残ってる話は霍光に祭り上げられて即位してからいかにヘゲモニーを獲得していったのかについてで、別に今日でなくても丞相着任研修でも着任後でも良い内容だそうだ。じゃあ今日は役所を半ドンして……いやここで自主的に決定することはできない。ここ麒麟閣の主導権は皇帝陛下にある。


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