第13話 朕のことをもっと知ってほしい

 謁見二日目


 参内して陛下の御前へと進むだけで、ボーっと遠くを見ていた陛下の顔がぱぁぁと目に見えて明るくなる。この顔色の明るさは陛下と丙吉との間の距離の2乗に反比例するのではないかという仮説を検証するために1回引き下がってみようかとも思うが、あんまり冗談できる場所でもないので、まっすぐ御前に跪く。既に女官は陛下の傍らにスタンバってる。


「丙吉よ。よく来てくれた。苦しゅうない。面を上げもっと近うよれ。朕の持てる最大限の歓迎を丙吉に捧げる。」


 これはいけない。この丙吉ひとり参内したくらいでこの反応というのは、他の臣下が陛下を恐れて誰も呼び出しに応じなくなっているのではないか?いや、それはない。役人やりたい奴の供給は絶えないし、辞めたとか誅されたという話も特に増えた気配はない。先日まで高官の有名な人だったものが突然誅されることが多くというインパクトは強めだが、数は増えてないと思う。具体的な数字は知らないが。


 「早速本題に入るが、朕の生命を繋いだことと推薦したという皇位継承に関する2つの功績があるとして卿を功労者に並べ、その功績を朕が大変よろこび高く評価して、丞相とするという建付けだ。卿の真意と違うのかもしれないがそういうものとして受け入れてほしい。そのための動きはたしかに事実としてやってもらったのだから。」


「功労者……ですか?掃除のおばちゃんたちと職場で雑談ついでに噂話してただけですよ。陛下が即位されたのはそれが合理的であり、天の意志による必然だからであって、そこに私は何も関与してません。」


「自薦であってはならなかったのだ。だから卿の口を利用させてもらった。」


 自薦の責任は本人が完全に負う。それで勢いで負けると殺されることもある。

 かつて、帰ってきた皇太子「戻太子」を自称して皇位請求した皇太子のそっくりさんが居たが、既に新体制が固まりかけているところにそういう冗談をやられると本当に困るので、平時であったならば――それこそ今の皇帝陛下の治世であったならば――、はいはいと軽くあしらって終わりで済むところ、死刑にされてしまった。余裕のない政府は凶暴になる。


 同じ構図にはしたくなかったステルス臣下団が作り出した壮大な茶番として第三者の推薦という形を取ることが不可欠だったようだ。


 皇帝陛下が幼いとき処刑されるところを保護し、旗揚げの後押しをした者を見つけ出し皇帝陛下がたいそう気に入り重用する。昇進させるうえでこれ以上無い説得力の塊だ。


「噂話に上げたというだけなのに、人となりを知って推薦したみたいな話にされてしまうと、いろいろと無責任だと言われかねません。当時の私が陛下を推薦するに足る根拠を探したいと思いますので、出所してから即位するまで陛下の軌跡を大枠で構いませんので教えていただけませんか?」


「うむ。望むところだ。それは着任前に引き継ぎ及び研修として時間を取ろうと思っていたが、過去の噂話を推薦したということに書き換えるうえで条件となるようだな。納得して引き受けてもらうためにも、それに……」


 陛下が一呼吸置いて、顔を赤らめてもじもじと恥じらいながら


「卿には朕のことをもっともっとよく知っておいてもらいたいからな……。」


 背筋を寒気が走りサーっと血が退く音が丙吉に聞こえたような気がした。ガクガクブルブル。少し前の「望むところだ」にも少しだけ不穏な響きが聞こえたが、その段階で見つけられてパクっと捕まったのに等しい。しかもそれを自らの意志で知っておきたいから教えてくれとまで言ってしまった。いや、こうなることを見越してこう言うように仕向けられたのかもしれない。


「きっちり説明すれば、朕がどれほど卿のことを必要とし、想い焦がれていたかわかってもらえるはずだと思ってる。決して強制はしないが、今日も長くなる。付き合ってくれるか?」


 もう逃げられない。かつて役所をサボって夜遊びに行けたのは、誰も監視する人間が居なく、敢えて言うなら報告さえ出してれば自分の裁量でいくらでも調整出来たからだが、ここは違う。

 皇帝陛下は官僚機構の最高権力者であり、思いつきひとつ、鶴の一声ひとつで政府機関を私用に動員することすらもできる。そんなお方が眼の色を変えて獲物を見るかのように丙吉オレを見ている。


ゴクン……。


強制はしないとあえて言葉に出すのは、本当は強制したいという心情の発露だったはずだ。


まだ死にたくない。煮るなり焼くなり好きにしろ。


―――

 結論からいくと、そういうの……あぁなんというかその……薔薇と百合コミックスとかそういうのではなくて普通に皇帝陛下の出所から今の地位に上り詰めるまでの半生のさらに前半部分について教えてくれただけだった。

 定時になった時に、風俗行かないでいいのかと聞いてくれたが、先日行ったところなので今日は大丈夫ですと答え、結局定時少しオーバーで解放してくれた。仕事中には恐ろしく緊張が走るがものすごくホワイト職場だ。まあ、実際のところ少ししか残業にならなかったから風俗に行ったのだが。

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