第12話 長安の休日1〜強敵遠方より来たアル〜

 はからずもぐっすり眠れた。昨日は何か恐ろしく巨大な力と力に板挟みにされて縮み上がっていたという感じがする。なんか結構すごい昇進の話もあったが、詳細は覚えてない。


 陛下が即位して5年で長安の街は活気を取り戻していた。音響を伴うデジタルサイネージがガンガン刺激的な光と音で新しい商品やサービスをアピールし、ドローンが出前の料理を運び飛び交っている。ほんの10年前まではSFのなかの未来都市にしかなかったものばかり。20年前の巫蠱の禍とそれに続く戦乱で崩れ落ちた廃屋だらけになっていた頃を知る丙吉としては隔世の感がある。これらの繁栄は全て今の皇帝陛下のここ五年の治世によってもたらされた。


 流通網は大秦国を経てその先エジプトまで繋がり世界中の文物が世界有数の大都会であるここ長安に集まる。街をゆく人々は10年前までは漢民族だけだったが、今となっては肌の色は様々だし体格も服装もそれぞれのどこから来たのかそれぞれ背景があるのだろうが、非常に多様化している。


「改めて、あの皇帝陛下はとんでもないお方なんだな。」


 ボソッと独り言を漏らす。周りに聞こえてないかキョロキョロ見回す。不敬と捉えられかねない発言をしてしまった。不敬ではなく素晴らしさを讃える言葉なのだが、最上級の称賛の言葉は多くの場合最上級の侮蔑の言葉と同じになっている。


「よっ!久しぶりじゃん!」


 ヤクザ風のヤバそうな男に声を掛けられた。なんのキャッチセールスだ?関わらない関わらない。目を合わせないようにして適当な店に逃げ込む。


「おい、オレだよ、オレ、オレ、許広漢だよ」


 許広漢。かつて同じ雀荘に入り浸っててフリーでよく一緒に卓を囲んだ遊び仲間だが、今となっては亡くなった先の皇后陛下の父君である。


「この度は、御愁傷様でした。」


「湿っぽい話は無しだ。オレおまえの仲じゃねぇか。それにな……。」


許広漢があたりを見回して小声で告げる。


「ここだけの話だが、うちの娘は地位は失ったが存命だ。あのややこしい皇帝陛下が、匈奴の知恵をうちの国なりに人道的配慮をもって取り込んだんだ。」


 匈奴の王は世継ぎを産むと王妃とその一族郎党を処刑し財産を王家に没収する習わしがある。政府利権に群がる腐敗を防ぐための知恵として形成されたものだが、あまりにエキセントリックでクレイジーすぎて理解不能なので野蛮人の蛮習だと蔑むだけで、そのことが持つ意味を誰も理解しようとはしなかったが、皇帝陛下は意味を理解し妥協点を見付けて取り入れた。それが、「死んだ」というものだということだ。


 「匈奴の知恵……なるほど確かに……。で、お前はそれでいいのか?」


「良くはねえよ。せっかく皇室にコネ持てたと思ったら、オレのムスコさながら切り離されちまったんだからな。でも、それこそが強い皇室に必要なことなのかもしれんから仕方ないさ。それに、娘に本当に死なれるよりよっぽどマシだ。拒否したら本当にやる。陛下はそういうお方だ。娘の命を危険にさらしてまでこだわるもんじゃない。」


 名君の誉れ高い陛下の政治的手腕は本物でいくつもの都市を世界有数の大都会にしたし、税金も専売品も安くなっているのに福祉もありえないほど充実している。絵に描いたような「善政」なのだ。しかしその善政を敷いている皇帝本人は臣下から恐れられるエキセントリックで狂気的な絶対君主だという。

 善政とは皇帝陛下の人徳が現れたものであってほしいという願望に対して、現実は善政を実現するという目的のためには手段を選ばず、参考にできるものは何でも参考にして、聖域無しで政府組織全てにメスを入れるヤバいエンジニア(犯罪用語としてでない本当の意味のソーシャルエンジニア)だ。


 きっと孤独なんだろうなと心中察する。


小声での会話を打ち消すようにあえて大声で許広漢が言う


「さぁさ、湿っぽい話はなしだ。再会を祝して一緒に飲もうぜ。」


 皇后陛下がお隠れ(物理)になったからと言ってもお世継ぎは健在、この許広漢という男がお世継ぎの祖父であることに変わりはない。今の丙吉の身分(政府機関臨時職員)からしたら会うことも許されない雲の上のお方だ。いや、昨日陛下に呼び出されたのだから今更か。


「聞いたぜ、おめえもついに巫蠱の禍被害者の会の仲間入りだなw」


「なにそれ?」


「皇帝陛下を筆頭に巫蠱の禍で不当な扱いを受けた者の互助会のようなもんだ。互助会いうても会長の皇帝陛下がひたすら支出する一方でオレたち一般会員は受け取る一方だけどなガハハハ。」


「オレは別に被害受けてないけどな。」


「おめえこそが生き残りの中で最大の被害者だろうが。志を胸に仕官出来たと思ったらそこで初っ端からブルシット・ジョブでまともなスタートを切れなくて出世競争からも離脱。しょうもない罪状で失業、食うためにキツイキタナイクサイのブラック待遇で今まで糊口を凌いできたんだろ。お前が奪われたのは人生そのものじゃねぇか。殺されたのも同然だぜ」


「一応風俗いけるくらいの余裕はあるし」


「おめえ、目標が低いんだよ。何が風俗だ。それこそ現実逃避の一時しのぎだろがよ。でも来月からようやくお前も仕官を志願した時に描いたであろう未来予想図を完成させる本物のおとこになるな。めでたいめでたい。」


 悪い人ではないんだけど、ともかくガラが悪い。

 オヤジさんがこんなチョイワルオヤジ……いやちょいワルじゃなくてヤクザみたいな人だから皇后陛下は死んだことにされたんだろうな……。本人には言えんが。

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