第6話 自給して裏金作り。視察団は拒否。
食堂をあとにして、一行は執務室に戻る。
「卿らはまだ休んでいて良い。」いや、むしろこっちが整理する時間が欲しい。
過去を洗ってその時点で任命可能な最高の官職を過去に遡って与えるための人事面談は午後の部に入る。実質的に褒美をとらせるためだけのヌルゲーにする筈だったのだが、丙吉のややこしさは想像を絶するものだった。
カルトに乗っ取られた中央省庁からの命令を無視して仕事積み上げて放置出来て、結果として幼少期の自分を生かしてくれたのはこのややこしさによるものというのも理解できるのでなおさら劉詢は評価に困る。全部放り投げてともかくこれだけ!と褒美を一方的に与えて終わりにしてしまいたいくらいだ。
休みを与えられた丙吉と女官はしばし歓談する。
「いや、まだなんか担がれてるような気がするのだが……何が目的なんだ?」
「褒美を取らせたいという皇帝陛下の詔は大御心からのまことの言葉にございます。そこに疑いを持つことは許されません。」
「偽証をする気はないんだけど、事実をひとつ述べるごとに悲しそうにされる皇帝陛下が不憫でならない。」
「私たちはなにか陛下のお望みで無いことを申し上げてしまったのでしょうか。」
「陛下は一体何をお望みなのだろうか?」
そうこうしているうちに、皇帝陛下から心の準備が出来たので続きをやろうと言うことになった。
―――
巫蠱の禍での容疑者たちの処刑に待ったが掛かったため、留置場の中のピリピリした空気はすぐにやわらいだ。積み上げた仕事はいったん全部やらなくて良くなった。次は仕事をしてないのに予算を使い込んでいた事への査察団が都から来るとのことで、5つの日程が示されたが、日程1はプレミアータ・フォルネリア・マルコーニのライブに行くから無理、日程2にはバンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソのライブ行くから無理、日程3にはアルティ・エ・メスティエリのライヴがあるから無理、日程4にはロカンダ・デッレ・ファーテのライヴがあるから無理、日程5は千秋楽のオールスター共演ライヴだから無理とそれぞれに立会出来ない理由を書いて送り返した。その後査察の話は再発しなかった。
どうせカルトの差し金だったんだろう。小難しいバンド名を復唱出来なくて諦めたんじゃないかな。
―――
「朕もよう書かんわ……それぞれ3回くらい書き損じて3の4乗マイナス1の80回くらい書き直しそうだ。」
「見て書き写せば良いだけなのに。要はカルトがそれらしい理由つけて言いがかり付けてきただけなんですよ。だから面倒くさいと思わせれば勝ちなんです。」
「で、本当のところ予算はどう消化してたのだ?受刑囚のおっちゃんたちは田畑を耕し食物生産していたし、労役場で必要なものは全て生産してたように思うのだが。」
巫蠱の禍発生当時の赤ん坊も5歳で無罪放免で卒業するまでの間、丙吉の留置場で暮らしていた記憶がある。
「提出した帳簿の通りでございます。」
「食糧や建材や設備購入という科目に計上されてるが、業者が出入りしてた気配は無かったが。」
「支払先業者はどうなってますか?」
「労役場……。」
「作った作物も建材も設備も、予算で買い取ったことにしていたんですよ。」
「裏金作りか……。いや、それであっても卿を咎めることは決してない。」
「裏金じゃありません。きちんと支払っていました。労役場の主であった自分の財布に」
「やっぱりカスだな……。」
「使い込んだんじゃなくて、永久に預かっていただけです。」
「さすがに少し怒り覚えた。朕が納得する理由を示してもらおう」
怖い。ギロリと丙吉を睨む陛下の背後に龍を見た……。ここでは皇帝陛下は絶対権力者であり機嫌ひとつ損ねただけでも誅殺される可能性がある。名君のほまれ高い賢帝であるから実際にやることはないだろうが、やれるけどやらないだけの話だ。
これはいけないと女官がすぐさまフォローする。
「覚えていらっしゃいますか?無罪放免となって出所した日、解放された囚人たちに新品の服と靴と当面の生活資金を渡していたのを……。それの出所は預かっていた各人の労役の賃金だったんです。」
陛下の顔色が怒気を帯びた紅潮から土気色を経て蒼白に一気に変わる。恩人である丙吉に対して一度でも殺意を伴う怒りを覚えた自身への罪悪感で今にも泣き崩れそうな顔をしていた。
「今の朕がいるのは卿らのおかげであった。どんなことがあっても朕は卿らの側に在ることを天地神明に誓う。」
あぁ、流石に横領して作った裏金みたいなノリで独立支援してたというのは、ちょっと心理的揺さぶりが強すぎたな。落ち着いてもらおう。
「陛下、これしきのことで心の平安を失っておられてはこれから先この偉大な帝国を背負って立つのに心許なくございますぞ。お疲れなのでしょう。おかしい判断をしてしまいそうだと思ったときはすぐさま仕事を放棄して、決断は先延ばしにすることです。どうでしょうまだ少し早いかもしれませんがお茶にでもしませんか?」
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