第3話 決断は先延ばし
皇帝に呪いを掛けたということを理由とした巨大冤罪事件。赤子まで囚人として送りつけられたのには閉口した。排泄すら自らの意思で出来ない赤ん坊がどうやって呪を掛けるなんて器用な真似が出来るものなのだろうか?
ここの刑務所の長は、サボリーマンで収監だけして何もしないと評判で、世話をしないと自力で生きていけない赤子の囚人ならば何もしなければ死ぬだろうと、優先的にここに回されるようだ。癪に障るから、ぜってー死なせねえ。そのためにそこら辺にいた則と呼ばれていた女受刑囚に労役として赤ん坊の世話を命じる。就業規則で雁字搦めにして、赤ん坊の世話サボったらビンタな。じゃあオレは役所をサボってボウリングへ。
―――
「清々しいほどのカスだな。」
「仰セノトオリデゴザイマス。」
「でも、この赤ん坊が僕で、この女受刑囚がこちらの、かつて僕に授乳してくれた女官なんですよ。しかも僕には死刑囚の札付きで送りつけた記録がありました。だから丙吉さんとこじゃなかったら処刑されてたんです。そうなった理由や動機が何であれ丙吉さんが僕の命の恩人だというのは動かない真実なんです」
「ソウナンデスネ…。」
「サボったところを本当にビンタして僕の世話を徹底させたみたいな記録はないんですか?それがあれば功績にカウントしますよ」
「記録はございません。こうしなさい、さもなくば罰というルールを定めるところまでが私めの職務。それが正常に回っている間は記録する必要もありません。」
「則よ、卿の記憶にはなにかないか?」
皇帝陛下は隣に控えていた女官に問いただす。
「ええ、一度陛下を車に放置してパチンコに行ったら、熱中症で死んだらどうするつもりだとビンタではなく鞭打ち100回受けました。」
「ひでえ話だな。お前も丙吉に負けず劣らず揃いも揃って正真正銘のカスだな……」
「恐れながら、その時陛下は皇族ではなく囚人で、自分の子でもないしどうでもいい存在と思ってましたから。しかし丙吉さんは違いました。生かすと決めた以上はルールに従えとのことでした。」
「規定通りに動いただけです。赤ん坊を車内放置に対して鞭打ち100回もルールの想定内であり例外ではありません。ルールが正常に運営されているのは当たり前のことで、それを記録することも対応策を論じる必要もありません。」
「朕の中で偉大で力強く美しくなっていた卿らのイメージがどんどん汚されていくぞ。そこは取り繕ってくれ。どうでもいいって思ってたなんて本人目の前にして普通言うかな?」
「陛下に虚偽を奏上する訳にもいきますまい。現実の人間はかのようなものにございます。」
「処刑を避けて養育してくれた卿らは朕にとっての
「囚人番号で管理されてたから劉家の落胤だとは思いもしませんでしたね。仮に知ってたとしても血筋で扱いを変えてまで媚びたりしません。そんなのは儒家の腐った奴がやることです。」
「赤ん坊に情をかけたとかさ」
「ないですね。その時は
「誰?その人」
「通ってた
「お前どこまでもカスだな」
「誰それ構わず赤ちゃんが好きな娘でしたよ。彼女が赤ちゃんの素晴らしさを力説するから刷り込まれたというのも否定しません。」
「それも背景がアウトだから書けないな。」
皇帝陛下は頭を抱える。
「事実は事実で天のもとにたった一つ。私めの真実はひとつ。同じ事実に対しての陛下の真実はお好きにどうぞとしか申し上げられることはございません。そもそも誰に伝えたくて過去の事実の位置付けを変えようとしてるのでしょうか?」
「頭の硬い儒家ども揃いの官僚たちに卿らの功績を認めさせるためだ。」
「ソリャムリデスヨネ〜」
「それであっても、朕は卿らの過去すべてを丸ごと称賛したい。」
「ムリナサラズニ」
「本当は、恩を売りたくないから敢えて下衆な理由にした作り話にすら思える」
「それも否定しません。なにせ陛下は当時罪人として扱われていましたから。それを逃がすことも重罪、処刑を前提にたまたま決断を先延ばしにしてやってないだけという形を取らなければ、私が重罪人になりましたから。」
ぱぁぁと皇帝陛下の顔が明るくなった。なっ、やっぱりそうなんだろ!そうだと言ってくれ!と同意を求めるさまは子犬のようだった。
しかし本当にサボってただけだ。劉病已という赤ん坊に対する特別な配慮ではなく、受け入れた囚人全員について処刑の決断を先延ばしに出来るだけ先延ばしにした、その中に今の皇帝陛下となるお方が含まれていただけだ。
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