第2話 明日出来ることは今日やらない

 巫蠱の術。何故かターゲットは皇帝に向けられるものだけしかなく、かけられる側ではなく術者側に人形を埋めるのでかけた人間が誰だかわかるといういかにもご都合主義な、掛けたという冤罪を被せるためだけに作りましたという目的が見え見えの実にくだらない呪いだ。

 考えてもみればわかるではないか。呪詛は呪をかけられる標的側に呪物を配置するのが基本である。古くからある小包爆弾という呪詛では、呪物を標的の近くで発動させるから意味があり、術者は時限装置や遠隔起爆を利用して発動時には少しでも遠くに行くものなのだ。その関係がまるまる逆なのである。

 この呪殺を試みたという冤罪で漢帝国の良心的な重鎮たちの多くが大逆罪で処刑され、高級官僚はカルト教団の息のかかった者たちで占有されてしまった。

 刑務所はそのカルト教団の手先の暴力装置として利用されている。こんな時代が長く続くわけがない、長く続いてはならないのだ。


 ということで、そのようにして作られる冤罪の囚人が次々と運びこまれ収監の場所もなくなりつつある。職員も音を上げ、「死刑執行の沙汰も付いているのですからさっさとやってしまったらどうですか?」と軽々しく提案してくる奴も現れる。明らかに人口密度が高いが、人は殺してしまったら取り返しがつかない。長く続くはずもないこのような巫蠱の禍で取り返しのつかないことをやったら確実に後悔する事になる。


「そうか?ではお前が囚人だったらそう言ってくる人をどう思う?ともかくその言葉を発した以上とんでもない恨みを買ったぞ。もうここには居れない。いつかひどい目に遭わされるだろう。悪いことは言わない、どこかに異動させてもらうか、転職してここから去ることを強く推奨する。そして処刑は何時でも出来る。明日にでもやることも可能だ。明日にできることは今日やらない。これは役人の生き方のイロハのイだ。よく覚えておけ。」


しかし次々と運び込まれる囚人の食糧や居場所、下水の処理能力が逼迫していることは事実だ。なんとか打開策を考えないといけない。


「作戦練ってくる」と言い残し、今日も役所をサボってパチンコへ。


チ〜ンジャラジャラジャラ


 チューリップが開き三段クルーンに玉が入る、そこから脱落する玉もあれば、Vゾーンに向かう玉もある。

その光景を見ながらふと思い立った。居住空間を増やすために雑魚寝から三段ベッドにし、糞尿をパイプラインで外に出せばまだうちの収監可能人数は増やせるのではないか?

と。しかし予算がなぁ。自腹切るのは嫌だし。

 三段クルーンの最終段に玉が到達する。クルクル回るが結局ハズレ穴に。

 「やはりヤルヤル詐欺で、処刑の段取りが進んでいるように見せて土壇場でやっぱり処刑しませんってのらりくらり逃げるしかないよな……。」


今日はパチンコで一度も当たることなく一直線に200銭スッたが明日以降やることを整理するアイディア料だと割り切ることにする。いくつかの方針が出来た。


とりあえず、労役場を用意して収容可能人数を増やす小細工を始めるか。三段ベッド、下水道……っと。

 どうせ死を待つだけの囚人たち。仕事させても問題ないだろう。


―――

 ここまでの事実の記録をもとに、皇帝陛下と丙吉が、さてどうしようかとお互いを見つめ合う。


「言い訳無用のカスだな……」


先陣を切ったのは皇帝陛下だった。


「……ソウデスネ……」


「この時期は、このままということで。」


 本当は気付いている。この段階でも既に、いずれそこにやってくる劉病已の生存確率を上げる施策に繋がる知見を得ているということ、そしてそのための活動を開始していることも。しかしその背景が決して褒めることが出来ない内容であるがゆえ、書き換えたくとも書き換えられない。


「異論ありません。世の中が悪すぎて出来る最大の抵抗がサボるぐらいでしたね」


「悪いと言ってるわけではないから気を悪くしないでほしい。この条件ではより上位の官位を与える理由が見つからないというだけだ。サボっていた事が結果として朕の生命いのちを繋いだのだから。ここでサボっていたことは不問に付す。」


ふたりとも相談の上ここまでは現状維持で合意して資料の次のページをめくる。

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