皇帝の恩返し
遡及官位贈呈
第1話 働いたら負けかなと思ってる
明日は官吏登用試験合格発表日。地元を代表して都へ。決して貧困というわけではないが裕福ということも特にない丙吉は、特に後ろ盾というような後ろ盾も持たない。地元は孔孟を輩出した文化都市の香り残る魯の国。
読み書き算盤諸子百家の暗誦は庶民を含む教養ある大人の常識でもあった。
試験対策として法家と道家を重点的に補強し試験に臨み、手応え充分。官吏になれば生涯安泰で一門の誉れとして名誉を得る。不安と期待に胸を膨らませ都へと向かう。
「さあさ、そこの浮ついた顔したお兄さん!当たるも八卦外れるも八卦、占ってみないかい?」
都まであと少しの宿場町で、占い師に声をかけられた。いや、当たるも八卦はあんまり良くないがかろうじて認めよう。その外れるも八卦ってなんだよ。おまえが言うな〜!とりあえず外れるも八卦を自分で言ってしまう愉快な占い師への施しのつもりで何も期待せずに見てもらう事にした。
「お前さん、職域の範囲内で不可逆なことを避ける事が天命、それを続けるうちに試練のように職域の責任範囲が大きくなっていき、それでも貫き通す事が出来たならその報いは果てしもなく大きなものとなるという卦が出たぞい。」
ふーん。まぁ、無理なことを。不可能な前提を振って、それが成立したら果てしもなく大きい報酬があるって、前提が不可能なんだから空手形って奴だ。そんなことは気にせず、明日の合格発表の確認だ。
試験の答案にはいっちゃなんだが自信がある。もともとシティボーイ。さらに弱点を徹底的に強化して挑んだ試験は全問に対して、出題者の意図と評価基準が浮かんで見えたようなもんだ。それを一つ一つ潰して限られた答案用紙にみっちり濃縮して答案作成。出題者の見落としすらわかる。その中で最大の評点となるように回答できた。落ちたら嘘だ。
受験番号114514。合格者には丙吉の受験番号がはっきりと張り出されている。
(やったあ!)
心底からガッツポーズを決める。故郷の親族や仲間たちの喜ぶ顔が目に浮かぶ。これで晴れて官吏の一員。役所にはこの試験を通過した者しかいないのだからこれから始まる人間関係においてこの試験の合格は前提。自慢できるものではないが、合格者は一門と故郷の誉。活躍して故郷に錦を飾る日が待ち遠しい。
道家、法家を頑張って勉強してきたのが報われた。えっ?儒家?地元では勉強以前に知ってて当たり前、その不備のあるところまで指摘できて初めて一人前として扱われる常識だよ。孔孟の故郷だからね。
―――
と、浮かれていた時代がわたしにもありました。
合否において差別は受けないが、配属は後ろ盾大事。後ろ盾なしで合格したオレの配属先は監獄の刑務官……。罪人を取り調べ、拷問し、流石に独断で処刑はできないが命令があれば死刑を執行する。人から恨まれ、魂を汚すひどい汚れ仕事だ。身分こそ公務員であるが庶民から後ろ指される河原者だ。
今回護送されてきた囚人たちは、皇帝に呪を掛けた疑いで大逆罪の極刑となる見込みの者たちだそうだ………。いい年こいて「呪い」掛けた疑いで「大逆罪」? 皇帝陛下は江充というカルト宗教の教祖を侍らせるようになってから本格的に頭がイカレてしまったようだ。オレなら呪いなんていう不確実なものじゃなくて小包爆弾で確実に葬り去るわ。いや、実はこの「呪い」の疑いで処刑というのは、くだんのカルト宗教に楯突いた者、都合の悪いもののところから何故か必ず呪いの証拠が上がり、都合の悪い勢力を冤罪で処分してるって話だ。
少なくとも高等教育相当の教養があるはずの官僚も「呪い」?そんなアホらしい話を真に受けてるの?
抵抗もなくそれを執行してる官僚も真に受けてるわけでも信じてるわけでもなくて確信犯のグルか、自分が冤罪のターゲットにならないための保身で共謀しているだけだろう。理由も無く邪魔者を消せるという枠組みの魅力に官吏の職業倫理を売り渡してしまった訳だ。
あんなに憧れて勉強して掴み取った役人生活の実態がコレだなんてやってらんねぇよ。
勤怠不良でも構わない。こんな組織で働いたら負けかなと思ってる。良いようにこき使われて突然責任取らされてゴミ箱にポイ。それを可能にするカルト教団の「呪い」冤罪。
木っ端役人とはいえ登用試験を通った丙吉はエリート。新人といえどひとつの刑務所の運営は任されてる。職員たちに、勝手に処刑しないで収監しておくだけにするよう徹底し、今日は仕事半ドンしてゲーセンへ。
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