H.ERO

草加八幡次郎ボロ家@リア充爆発しろ

プロローグ 朕だけの永遠のHERO

 ここは皇帝の執務室。木っ端役人の丙吉は跪いて詔を待つ。オレ、何かやっちゃいました?と思えど許可もなく口を開くことは許されない。

 ゆっくりと皇帝陛下が口を開く。


「卿の二十年に渡る忠勤、実に見事であった。褒美を取らせる。」


「ハハァ!」


ハテ……全く身に覚えがない。なんのことだか……調子に乗せてボロ出させるタイプの取り調べか(汗)


「いつまでもその姿勢は御老体にきついだろう。表をあげい」


 満面の笑みをたたえた部屋の主がそこにいる。漢帝国十代目皇帝劉詢――即位後すぐにありとあらゆる制度をまるで未来を見てきて持ち帰ったかのように刷新し、それら全て成功させ、名君との誉れが高い――若き獅子である。


 丙吉は許しに従い顔を上げ、まっすぐにその尊顔を拝する。


「ここで会ったが二十年目、この顔を覚えておらぬか?」


 偉大なる皇帝陛下が急に崩れた喋り方で自分の顔を指差し、ねぇねぇ、いいよ来いよもっと近くにとやたらフランクに聞いてくる。


「私の如き下級役人が皇帝陛下のご尊顔を拝むなどあってはならないことですし、基本的にないことです。知ったかして恥をかくのもいやですので正直に申し上げますと、恥ずかしながら存じ上げておりませぬ」


「いま、ここでは役人と皇帝の関係ではなく丙吉と劉詢……いや劉病已のそれぞれ個人として話してくれないか?」


ハテ……劉病已……オレ、ビョーキ?いやいやいやいや。


「本当に知らないようだな……。では」


側近に合図を送ると、一人の年老いた女官を連れて来た。


「この女性に見覚えは無いか?」


申し訳ないが、本当に知らない。


「恐れながら本当に存じ上げておりません。」


「ふむ、記憶喪失だろうか、それとも極端に人の顔覚えるのが苦手なのか…。いや、人を処刑する職業柄、人を人として意識することを封じ込めてしまったのか。王室が、朕が不甲斐ないばかりに大変申し訳のないことをしてしまったようだ。」


「職務に私情は微塵も挟みません。マシンになりきって前提となる事実を処理し職務を遂行するのみでございます。その死に立ち会うひとりひとりの受刑囚に情をうつしてなどいたらおかしくなります。」


先程の女官が口を開く。

「あなたが運営してた刑務所での労役の日々、悪くなかったですよ?」


「この女性は、朕の乳母を務めた者である。奴隷堕ちしていたのを見つけたので先刻解放して後宮で働いてもらっている。」


………。


「そして、再会の語らいの中で卿の名が出たので詳細に調べさせてもらった。

そして朕が今ここにいることの第一の功労者は卿であったことがわかった。」


……。

 劉病己とその乳母……。何か記憶が朧気に繋がってくる。そんな名前の囚人がいたような気もする。中央からしぶとく早く処刑せんかと妙に強く迫られた名前だが、その時は娼館の遊女にゾッコンで仕事サボって入れあげていて、仕事なんか溜めに溜めて無視して遊び呆けていた。


 処刑の進捗はいつもゼロ回答。日程ひたすら先延ばして、上からの監査が来た日には風俗にシケ込んで、その足で1時間1銭の雀荘で朝まで徹麻にカラオケ、グロッキーになって職場放棄・連休・早退。これぞ社会人の鉄則「ホウレンソウ」の当時の勤務態度……全て記録が残っている。そしてここにすべての役人の上に位置する皇帝陛下が直接記録を参照されている。逃げることは叶わない。


 今の皇帝陛下は信賞必罰を徹底していることで知られる。おそらくは厳しい罰が待っている。過去の勤怠を思い出し冷や汗を滲ませながらおそらくは決して受け入れられることのない言い訳をダメ元で奏上する。


「その頃は体調が優れず、鬱によるものかと治癒を試みて、世間で楽しいとされることを手当たり次第試していたのでございます。」


 皇帝陛下はこれを聞き、何を言ってる?という不思議なものをみるような表情をされている。


「はじめに言った通り、この場は二十年に渡る卿の忠勤を表彰する席である。称賛することはあれど咎めるつもりは一切ない。もしその時、命じられた仕事を卿が遅滞無く遂行していたならば、朕はここに……いや、この世に居ないのだからな」


「もう済んだことです。過去は過去ですし、今日もまた明日の昨日に過ぎません。今私を罰したからといって皇帝陛下がいなくなることはありません。」


「実に控え目な男だな……。咎められる過去は引き摺るくせに、栄誉については済んだ事か。」 


皇帝陛下は上機嫌ながら少し困ったように苦笑された。


「実はな、卿を見込んで丞相になってもらいたいのだが、過去の勤怠記録がネックになって反対派の攻撃材料となっている。それは朕にとってむしろ逆に最大の栄誉を与えたい功績であるのだが、お役所組織というのはそうでもないらしい。たしかに朕と卿との特別な事情であり、勤怠の悪い役人というのは普通は重用するわけにいかないのも筋が通ってる。そこで、その行為が正当な権限となる官職を過去に遡って与え、今に至るまでの差額分の禄を取らせよう。」


 過去に遡って官職、そして本来支払われるべき過去分の俸禄を、今……。事実は改変せずとも、過去の事実の持つ意味を今から書き換える!!


 ずっと不可逆変化を避けてきた事がそれを可能にする! いつでもやり直せる状態に身の回りを保ってきた。


「ここに、卿の勤務記録と日報、月報の写しがある。さあ、これから二人でその位置づけを、まっすぐに朕を保護する目的とした誉あるものに書き換えていこう。少なくとも朕にとってはそれは紛れもなく真実なのだから」


事実はひとつだが、真実は人の数だけ存在する。

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