#3:Devotion‐③
竜はこちらに向かって口を開けて迫ってくる。落下速度や雲を抜けた後の事を考えつつ、対象の情報を元に脳内に残った使えそうな策を現状に当てはめていく。
岩のような体躯は、草食で温厚なミッドラクラ竜種に見られる特徴。だが、剣のように鋭く尖り、二重に生えている歯は伝説のゼフィリアス竜玄種にしかないもの。交配種の可能性は互いの生息場所とゼフィリアス竜玄種の特性から考えて限りなく低い。
その他、翼の模様や角の本数や向きから見てもミー二が知っている竜には無い特徴ばかり。そもそも、竜に備わっている翼や手足とは別に四本も生えている腕というのが対象の歪さを最も表していた。
鱗や体表の色は竜のもので、そこまでは違和感がない。ただ、腕の本数とその先にある手。竜種によって指の本数は変わるが、三本から四本であることが多い。しかし、この竜は指が五本ある。その特徴が一番、目を引く。
改めて観察をしていると、竜としては歪な形をしていることを再認識する。落下移動中に浮かんでいた考えが変わることを望んでいたが、いつもと同じ結論に着地する。そして、なんとも言えない緊張感がじわっと痺れるように胸を刺す。
(竜型の幻想災害ってことになるのかな……?)
明確な答えが出ることは無い。想定を超えることはいつもの事であった。余計な不安思考は小さくして、軽く握っておくことにする。
やることは変わらない。落下移動の直前、右手に抱いた熱を想い出して、ミー二は行動を起こした。
「からだ、痛めて動かせないでしょ? このまま雲の流れに身を任せておいて。『あれ』と着地の事は私を信じて。必ず助ける」
ミー二は竜を睨んだまま、鎧に向けてそう呼び掛けた。掴んでいた鎧の左腕は竜が現れてからずっと震えている。
返事はなかったが、ぎゅっと握る事で合図を送ると、ミー二は持っている紐を振り回して、雲をかき混ぜた。
かき混ぜられた雲は集まって、重なって、白さを増していき、小さく濃い雲の塊を連続で形成する。
竜はそれを意に介さず、ただひたすらにこちらに向かってきている。小さい雲の塊は竜にとって一口大の大きさ。その全てを噛み砕いていき、雲は弾けて散ってゆく。この動きによって、ミー二の策は勝利を得た。
竜は人と同じくらい多様で知能が高い生物。ただ口を開けて獲物を捕らえるような野蛮な狩りは行わない。そして、竜の力を寄せ集めたかのような外見。
段々と竜の――幻想災害たる目的と理由をミー二は掴み始めた。
ミー二は鎧からそっと手を放す。
腰に備えていた大きな弾丸を取り出して、装填の準備をする。
そして、紐を素早く伸ばして、竜の首に括り付けて移動した。
竜は鎧に向けてまっしぐら。それ故に、弾けた雲の塊が鱗に引っかかりそれが蓄積していっている事に気が付かない。鼻に詰まり、匂いを感じ取ることが困難になり、目の前に広がる景色は雲の中の白色ではなく、目に溜まって剥がれなくなった雲の塊の白色であることを理解はせずとも感覚に異常が発生していると悟った時にはもう遅かった。
それでも、鎧が近くにいると――決められた行動を元に口を大きく開ける。
そして、がちん、と口を閉じた。――というよりも閉じられた。
予想外の衝撃が轟音と共に、力みを無くした下顎全体に響き渡る。
顎がずれて、歯の噛み合わせがうまくいかず、いくつかの歯はその衝撃で砕けて宙に舞う。影響はそれだけに留まらず、衝撃は首と頭に響き、制御不能になり揺さぶられる。
ミー二は弾丸を込めた義手を思いっきりぶち込んだ。
ミー二は竜の首に紐を括り付けて引き寄せるように移動した後、竜の力が緩むその時に右の拳を竜の下顎に押し込み、弾丸を点火した。その一瞬、弾丸による爆発の力が右腕に流れている魔術の力を乱して上回り、拳が音を越えて解き放たれる。開いた手首からガスが抜け出し、円状に燃焼する。その後すぐに魔術の力が整うと拳は引き寄せられ、弾丸装填爆拳撃は終了する。
通常運用とは違うため、最大火力を叩きこむことは出来なかったが、タイミングを合わせることで、最大限の影響を与えることに成功し、見事、竜は体の制御を失った。
手袋が焼け溶けて、金属の右手が陽光に照らされる。
弾丸を排出しながら、すぐに紐を鎧に向けて接続すると、魔術を込めた腕力で引っ張り上げて、鎧をしっかりと掴んだ。そのまま流れで紐を取り外して、雲の中に展開する。
(竜の問題は解決した。次は……)
ミー二達よりも少し下方で落下している竜の姿が消えた。その後を追うようにミー二達も落ちていく。
雲が切れる。眼下には湖のある大地が広がっている。衝突まであと十数秒。
がくん、と左手に掴んでいる紐に振動が伝わる。思いっきり引っ張って、ミー二は紐に流している魔術の流れを循環させて、戻るように制御する。
すると、足に紐を括り付けられた丸羊がミー二達に引き続いて雲の中から飛び出してきた。丸羊は魔術の影響を受けて、体毛を超活性させると、とてつもない勢いで体毛が膨らみ、落下速度を減少させていく。
鎧を掴む右腕と丸羊と繋がる左腕に、全身が震える程の力を集結させる。
丸羊の体毛が限界まで膨張すると、ミー二たちはゆったりと浮かび、そのままゆっくりと大地に近づいていく。
ミー二は鎧をそのまま寝かせるように降ろすと、自身は崩れるように着地した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます