#2:Devotion‐②
真っ白な景色の中を真っ直ぐに突き抜けて行く。
階層世界の大半を占める『雲』は常に身近にあり恵みを与えてくれる、不思議に溢れた物体。
雲と大地が一体となって完全に重なることは無く、その間に必ず空白ができる。
その為雲の中を落下している最中、不意に大地に激突することは無い。
ミー二は大雲の中で流れを感じ取り、匂いを嗅ぎ分けて、雲の掴める部分を探っていく。
雲を構成する一部には、ぎゅっと力を加えると少しの間だけ固まる部分と、無数の糸が絡まったような「糸溜まり」と呼ばれる部分がある。
糸溜まりは、掴むことは出来ず触れるとまとわりつくだけだが、ある程度集まって重なりが多くなった糸溜まりではクッションのようにふっくらとした形となり雲の上に浮かぶ事が出来る。
ミー二は雲の中で「固まる部分」を見つけると右手と履いているブーツの踵で削るように引っ掛けて、落下の速度とある程度の方向を調整するのに利用し、自身の体よりも少し小さな糸溜まりを見つけると、そこに突入してゆったりと雲から飛び出す。
ブーツに付いた雲の欠片が着地の衝撃ではじけ飛ぶ。計算通りに体への負担を最小限に軽減して大地に降り立つと、方向を定めて走り、大地の端を蹴って飛び上がる。そして、そのまま流れるように落下を再開する。
こうして、ミー二は雲と大地が集まる空域を縫うように落下移動していく。
次の雲が見えて来た時に、対象の一部が雲に沈んでいくのが見えた。
それは、鎧であった。
銀色の手甲がこちらの方に手を伸ばしているように見えた。一瞬であったが、今度は見逃さなかった。
ミー二は腰に巻き付けていた紐の留め具を左手で外した。
紐は二種の伸縮性に優れる糸を組み上げて、ミー二自身で作成した『伝送道具』。
吹き付ける風が紐をばらして腰から外れると、一瞬、宙に浮かぶ。
ミー二は紐の端にある金具に手を通すと、紐を巻いて握り込んだ。そして、魔術を流し込むと鎧に向けて振って伸ばした。
紐は真っ直ぐ鎧に向かって伸びた。風に左右されず、鎧に巻き付くことを目指して、雲の中を探りながら動いていく。
ミー二は魔術を紐に流すことから更に深く、繊維の一つ一つに魔術を流し広げることを意識して調節しながら紐を目一杯伸ばした。
紐は雲の中で鎧に接触すると、鎧の隙間があった肘部分に巻き付いた。
ミー二は紐から鎧に巻き付いた手ごたえを感じると、右手で行っていた速度調節をやめて、両手で紐を手繰って一気に鎧に近づいた。
その最中、魔術を通した紐を鎧に巻き付けたことで、鎧に込められた想いと情報が見えてくる。
何度か大地に衝突をしては弾かれて落下しているようだった。鎧は衝撃に問題なく耐えているようだったが、あと数回ぶつかれば中の者が耐えられないであろうことが推察できた。
ミー二の頭の中にあった策が削られていく。
ミー二は鎧に手が届くと、肩にある突起のような装飾を右手でしっかりと掴んだ。
鎧はミー二が想像していたよりも小柄なものであった。鎧の右肘部分に取り付けた紐を外して、両足を鎧の腰にまわして離れないように交差させて、固定した。
鎧の全身には斬りつけられたような傷と泥のような汚れ。ミー二が鎧の状態を眼で見て確かめていると、鎧の中で小さな声が響く。
「……あなたは? 私からはなれて……。あの竜が……来る」
ミー二は鎧から聞こえる声をしっかりと聴くために目を閉じて耳を兜に寄せていた。鎧からの言葉を聞き取ったその時、辺りが一瞬にして暗くなり、金属を擦り合わせるような歯ぎしりの音が近づいて来ていることに気が付いた。
悪寒が走る。
それは棘がある冷たい鎖のようだった。嫌な音を立てながら全身を隙間なく包み込み、肌に棘の先端が少し掠る。それが、これから激痛が訪れるということを何度も予告してくるような気持ちの悪さ。
ミー二は慌てずに、もう一度、目をすっと閉じて長く息を吐いて自身の力の根源を想い出していく。
――自身を中心に黄金の野原が広がり、そこに平穏な風が吹く。
その景色がゆっくりと広がり、胸の中に浮かび上がると、ミー二は大きく息を吸って肺に空気を貯め込むのと同じように、右腕に力が満ちていくように魔術を流して制御した。
「大丈夫!」
ミー二は笑顔でそう叫ぶと、鎧の腕を掴んで、天を仰いだ。
これから先、わずか三十秒の攻防が少女の鎧にまつわる物語の出発点となる。
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