クロマチック・リコレージョン
鴇色 大葉
少女の鎧
#1:Devotion
ミー二はそっと降り立った。
一本の樹が生えて、その木の影がちょうど収まるくらいの小さな大地。
樹を中心に大地の端まで草が生い茂り、黄色い花も咲いている。
ミー二は空中でその場所を見つけて、休息の為に降り立った。
辺り一帯は水色と青と白の大空。その中に、ミー二が降り立った場所と同じような緑の自然が、紛れ込むように点在している僻遠の空域。
陽の光が真上で激しく輝き、それがより一層、世界の色を美しく際立たせている。
底が見えない空の中で、雲と大地が重なりあう。そういった景色がどこまでも続いている。
ミー二は肩の荷物をその場に下ろすと、顔を沈めていた黄色いジャケットの襟を開けて、肩まで伸びた赤黒い髪を首の後ろからかき上げた。
粘り気の無い、小さく丸っこい粒のような風が、汗をかいた額に触れて髪の中にそのまま透き通っていく。
しばらくして、強い風が目の前から吹き付けたので、ミー二はそのまま風に押し倒されるようにして、木の根本に寝転んだ。
木漏れ日に目を細めながら、深い緑の葉が揺れる様子をただぼうっと眺める。
体の疲れが落ち着き始めたので、寝転んだまま鞄の中にある音盤に魔術を繋げてお気に入りの音楽を胸の奥で流した。
ひたひたとなめらかなギターの音が近づいてくる。魔術で繋げた音楽は実際の楽器の音や歌声とは違う、術ならではの想いの色の濃い響き。それを風に揺れる葉や花の、耳から聞こえる自然の音と織り交ぜて、楽しむ。
ゆっくりと時間を使うことを覚えて、実践したのはこれで数回目。
孤独とは少しだけ違う、悲しみの無い寂しさを指先から、からだ全体で感じていく。瞳を閉じ、自分だけの世界を構築して、音楽に反響する心の音色に耳を傾けていく。
一つ大きな音が聞こえた。流していた音楽のものでは無い、雷鳴渦巻く嵐のような、深く、低い音。
ミー二は微睡の中から静かに、焦らず、感覚を伸ばして音の正体を探る。
周囲の雲の匂いに濁りは無い。風の動きもそれなりに落ち着いている。天気からは嵐が発生するような様子は無かった。
音は鳴り続けている。徐々に聞こえてくる感覚が短くなっていき、こちらに近づいているようだった。そして、低い音の中に何か金属が擦れるような音が混ぜっていることに気が付く。
二、三回その音が鳴った後、途端に聞こえなくなる。
ミー二は体をほぐしながら立ち上がって、目の前に広がる雲の集まりを眺めた。
すると、雲の中から無数の泡が弾けるように丸羊の群れが飛び出してきた。
周囲の雲と同じ色をした体毛を膨らませ、それで風を捕まえて空中を移動し、上空へと浮かんでいく。
その様子は中層では珍しいものではないが、その数の多さと羊たちの鳴き声にミー二は違和感を覚えた。
丸羊の群れは空中を移動する際に鳴き声で連携をとるが、一切鳴かずにただ上空へと散らばっていく。
丸羊の群れが去って行った直後、眼下の雲が何かに吸い込まれるように割れた。
嫌な臭いが鼻を刺すのと同時に大きな影がミー二の前に現れて、一瞬のうちに上空へと移動した。突風が吹きつけると草木が煽られミー二の髪が乱れる。
ミー二は大地の端に寄ってしゃがみ込みと、落ちないように上空を見上げた。移動する雲と点在する大地の合間からうっすらと見えるそれを観察した。
二枚の大きな翼で飛んでいる。全体的に黒っぽい色。岩石の塊のような巨大で重量感のある体躯。鈍器のような形をした尻尾と、二本の槍を構えているかのような角。
全身を凶器で武装しているその生き物は、それだと誰もが認識できるものだった。
ただ、ミー二の頭の中にあるモノには無い、追加の『腕』があった。
飛び回っているその姿を眺めて、頭の中で情報を整理し始めたその瞬間、ミー二の傍を何かが落下していった。
無数にある雲の中から突如飛び出したそれを、目の端で微かに捉えていた。黒か灰色の何か。直感がミー二の全身を揺さぶる。
その正体を考え始める前に、ミー二の体は動き出していた。荷物を拾い上げ、落下移動に入るために衣服の調整をしながら大地の端を蹴り、飛び上がる。
そして、その時に追いつく意識。一瞬の逡巡。
体は宙に浮いている。対象は雲に潜っていて見えない。
自分の力と怠慢、これから先の事……。
荷物を背中にまわして、留め具をはめる。準備は完了。
手袋をはめていた右手に熱をぐっと感じて、自身の行動に少しにやける。
意志は定まった。
ミー二は大空に向けて急降下した。
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