第13話 我、試合に出る



「な、なんでテメェが!? オイラの相手は、クリスじゃねえのか!?」



 目の前の対戦相手が吠える……たしか、コッセと言ったか?

 まあ、やつの言うとおり、他の連中も、クリスが出ると思っていたんだろうが、昨日、話し合って順番を決めておいたんだ。





          *



「そういえば、明日の試合だが……。大将はクリス、貴様がやれ」


「え、えぇぇぇぇ!?」



 特訓の休憩中、ふと、試合のことをクリスに告げる。

 突然の大将宣言に驚いたクリスは、悲鳴に近い声を上げる。



「な、なんでですか!? た、大将は魔王さんでしょ!?」



 まあ、クリスの疑問ももっともだな。



「明日の試合、ケイネス以外の2人の能力がわからない以上、どんなことが起こっても対処できる我と、タフネスで食らいつけるクロマが先に出たほうがいいだろう」


「で、でも、ボクが大将なんて……」



 不安そうに俯くクリス。

 そんなクリスの肩に手を置き、言葉をかけてやる。



「大丈夫だ。我と1週間特訓して、貴様は強くなった……正直、予想以上の成果だ」


「うぅ……」


「なに、我とクロマで2勝してしまえば、そもそも出番もないかも知れないのだぞ? ……まあ、相手の能力がわからない以上、そう上手くいくかもわからないがな」



 我の言葉に、クリスは、縋り付くように体重をかけてくる。



「なんでそんなこと言うんですかぁぁ!! 慰めるなら、ちゃんとやってくださいよぉぉぉ!!」


「うぐっ!? ええい! 重いぞ! いいからやれと言ったらやらんか!!」


「あ、酷い! 乙女に重いとか言うのは大罪なんですよ!!」




           *




 ……まあ、話し合いはできてたな。うん。



「チッ……まあいい! どうせCクラスのゴミ相手だ! 結果は変わんねぇよ!」


「ほう? 言うではないか」



 そこまで自信があるとは……どのような能力を見せてくれるか、楽しみになるではないか。



『それでは、両者見合って!!』


「こんなところで大将のお出ましとは、追い詰められたか!?」


「グレイの兄貴ぃぃぃ!! 頑張れぇぇぇ!!」



 声援に混じり、クロマの声が聞こえる。

 ふとベンチの方を見ると、クリスも、こちらに手を振っている。



「魔王さーん! 頑張ってくださーい!」


「ククク……そこで見ていろ、我が臣下たちよ! 貴様たちの王の力、見せつけようぞ!!」


『第2試合……開始っ!!』



 開始の合図と共に、コッセが距離を取り始める。



「どうした? いきなり逃げ腰だな」


「ケッ! んなこと言ってられんのも今のうちだぜ!!」



 なんらかの、遠距離系の技でも放つ気か?



「悪いけど、一方的な試合にさせてもらうぜ!! 【鬼ヶ島オーガ・パーティ】ッ!!」



 コッセが両手を地に付けると、やつの周りの地面が泥のように柔らかくなり、波打ち始める。



「出たぁぁ! コッセの個能ユニークッ!!」


「あのCクラスのやつ、これで終わりだな!!」



 周りの観客が湧き上がる。

 あれは、Aクラスの連中か? あの盛り上がり方、よほど面白い能力なのだろうな。



「さぁ! 出てこい! オイラの人形たち!」



 コッセの合図と共に、地面が盛り上がり、人の形を形成する。

 それも一つだけではなく、10……20……30もの人形が現れる。



「……まるで、鬼だな」



 先ほどのドロームもかなりの巨体だったが、コッセから生み出されたものはさらに巨大な……一体一体が、3メートルはあるような体躯。

 そして、2本の雄々しいツノを携えた巨人が、並び立っていた。



「ケケッ! オイラの鬼人形たちは、一体一体が、本物のオーガに引けを取らねえ力を持っているんだぜぇ!?」



 オーガ……ゴブリン種の最上位種の一角だったな。

 一体一体が、家屋を一撃で瓦礫に変える怪力自慢の魔物か。



「しかも、それが30体……なるほど、なかなか厄介な能力だな」


「後悔しても遅いぜっ!! テメェら、あの自称魔王をやっちまいなっ!!」



 コッセの声で、鬼人形たちが動き始め、我を取り囲むようにして迫り来る。

 ククク、こんな木偶ごときで、我の相手が務まるとでも?



「では、10秒数えてやる。その間、我は素手で戦ってやる」


「なっ!? 正気かよ! 死ぬぞ!?」


「なぁに、こんなもの、ハンデにもならん」



 我の挑発を受け、コッセは額に血管を浮かべる。



「あぁ!? いいぜ、今さら吠え面かくなよ! やれっ!!」



 手前にいた鬼人形が、巨大な拳を振り下ろす。

 我は跳躍し、その巨大な頭の上に乗ってやる。



「魔力を纏わぬ……普通の拳っ!」



 腰を深く落とし、脳天目掛けて拳を振り下ろす。

 拳が触れた瞬間、鬼人形はグチャ、と音を立てて、地面に崩れ落ちる。



『おぉぉぉっと!! グレイの選手の一撃が、コッセ選手の鬼人形を破壊するぅぅぅ!!』


「なっ!? 俺の鬼人形がっ!?」



 まだ一体破壊しただけで、いちいちリアクションが大きい奴らめ。



「10……」


「くそっ!! まだ一体だ!! 構わずかかれぇ!!」



 鬼人形が、我を踏み潰そうと、巨大な足で迫る。

 お返しとばかりに、眼前まで迫った足を、蹴り上げてやる。



『な、なんとっ!! あの巨大な鬼人形が、空高く舞い上がったぁぁぁぁ!!!』



 空中に飛ばされた鬼人形は、我の蹴りの衝撃で砕け、パラパラと土が降ってくる。



「9……」


「ぐっ! 一体ずつでいくんじゃねぇ! 纏めてかかれっ!!」



 痺れを切らしたコッセの号令で、残りの鬼人形たちが一斉に動き出す。

 なるほど、賢明な判断だ。だが――



『うぉぉぉぉ!? グレイ選手が、鬼人形の脚を掴み――振り回したァァァァァァ!!?』



 鬼人形の一体を捕まえ、他の人形にぶつけてやる。

 これだと、ぶつかった端から、壊れてしまうな……まあいい、次だ。



『す、すごい! 凄すぎるぅぅ!! 掴んでは振り回し、掴んではふりまし……まさに鬼神の勢い!! 本当の鬼はどっちだぁぁぁぁ!!?』


「8……7……」



 実況の失礼な言葉を無視し、次々と鬼人形を屠る。



「くそっ! くそぉぉぉ!! こうなりゃ、最終手段だぁぁぁ!!」



 焦ったコッセが、再び地面に手を当てる。



「【鬼ヶ島オーガ・パーティ】ッ!!」



 残っていた鬼人形たちが、我から離れ、一体を中心に重なり始める。

 先ほどのように、波打つように蠢き、境目がなくなり、一つの土塊となる。



『こ、これはっ!! 鬼人形たちが集まり、1つの、巨大すぎる鬼人形になったぞぉぉぉ!? そのサイズは、ゆうに10メートルはあるように見えます!!』


「……6」



 実況の言うとおり、鬼人形たちは一体に纏まり、先ほどの姿が小さく見えるほどの大きさになった。



「けひゃひゃ! 今まで、こいつが倒せなかったやつはいねぇ、オイラの最高傑作だぁ!!」



 鬼の巨人は、一軒家ほどまで大きさを増した拳を、我の頭上まで振り下ろし――



『な、なんとぉぉ!! グ、グレイ選手が、巨人の一撃の元に、潰されてしまったぁぁぁ!!?』


「あ、あれは死んじまったんじゃないか!?」


「ギャァァァァ!!」



 観客席からも、さすがに悲鳴が上がる。



「け、けひゃ! 最初のうちに倒れておけば、痛いだけで済んだのによぉ!?」


『こ、これは、グレイ選手は生きているのか!? というか、原型を保っているのかぁぁ!?』



 勝利を確信したグレイと、実況の心配そうな声が聞こえてくる。



「そんなもん保てるわけねぇだろ!? 今頃ペシャンコにな――」


「5......」


「んなっ!?」



 足に力を込め、巨人の拳を持ち上げてみせる。



『な、なんということでしょう!! 無事でしたっ!! グレイ選手は無事どころか、あの巨人の拳を持ち上……げ……っ!?』


「そ、そんな、オイラの巨人が……!?」



 腕に込める力を上げ、拳を、『巨人の体』ごと持ち上げてやる。



「4……」


「お、お前、そいつをどうするつもりだっ!?」


「3……」


「ま、まさかっ!? おい! やめろ! 参った! オイラの降参――」



 もう遅い。

 持ち上げた巨人を、コッセの頭上に振り落とす。



「やめろぉぉぉぉぉぉ!!?」



 轟音を立てて、巨人が地面に叩きつけられる。


 大量の土埃を上げ、演習場が、土埃に包まれてしまう。



『ゴホッ、ゴホッ! こ、これは、勝負は一体……!?』



 皆の視界が塞がれる中、土埃の中を移動する影が見える。



「ケ、ケケッ……なんとか生き残ったぜ……」


「2……」


「ケッ!?」



 おそらく、当たる直前に能力を解除して逃れたのであろう、コッセを発見し、その首根っこを掴み、持ち上げる。


 空いている右手で拳を握り、コッセの顔を目掛けて振り下ろす。


「1……」


「ま、待ってくれ! 降参! 降参します!!」


「……ゼロ」


「ひぃぃぃ!! ……ぐふっ」



 コッセの鼻先に当たる直前で拳を止めてやる。

 ダメージはないはずだが、あまりの恐怖で意識が保てなかったようで、コッセはそのまま気絶してしまった。



「ふぅ、きっかり10秒……どうやら、魔法を使うまでもなかったようだな」



 いつの間にか、土埃は収まりを見せ、観客の前には、気絶したコッセを持ち上げている我かの姿が露わになる。



『や、やっと視界が……お、おぉっと!! こ、これは、コッセ選手は気絶して…………勝負あり! 勝負ありです!!』



 実況の宣言と共に、歓声が上がる。



「うぉぉぉぉぉ!! すげぇ! あの一年坊、Aクラスに勝っちまったぞぉぉぉ!!」


「あいつ、ほんとにCクラスかぁぁ!?」


「流石だぜ、兄貴!! 俺は信じてたぜっ!!」



 歓声に混じり、クロマの声が聞こえてきた。

 そちらに視線を向けると、クリスも、親指を立てて、満面の笑みを浮かべていた。



「さすがです! 魔王さん!!」



 フッ、勝利して喜ばれるか……。

 なんだか、懐かしく感じてしまうな。





(さあ、クリスよ。試合は繋いでやった……あとは、お前が頑張る番だ)

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