第5話 我、試験を受ける



「ふむ……。君が編入希望者か」


「うむ! この学院に、我に教鞭を振るうことを許可しよう!」


「…………まあ、座りたまえ」



 目の前の大柄な男の言葉に従い、ソファへ座る。


 クリスの勧めで、王立ラスエント学院……とやらの編入試験を受けることに決めた。

 善は急げ、という言葉もある。その日のうちに学院の門戸を叩き、編入を願い出たところ、この男……学院長の元へと案内されたのだった。



「改めて、私はここで学院長を務めている、ゴッシュ•ガーベントという者だ」


「我は、千年の時を越えし魔王、グレイ•サタルキスである。気軽に魔王と呼ぶがいい」


「魔王……? ……まあいい。サタルキスくん、君は編入希望らしいが、まずは、いくつか確認をさせてくれ」



 む、名を呼ぶことは許可していないが……まあ、いいだろう。

 これが、この時代の流儀というなら、我もそれに従うとしよう。



「まず、編入試験は、入学試験よりも難易度が高く設定されている。これは、途中から学院に入る以上、周りの者へ『自分が劣っていない』ということを示してもらう必要があるからだ」


「ああ、臨むところだな」


「そして、その難易度ゆえ……」



 学院長の空気が変わり、重々しいオーラが醸し出される。



「――試験途中、死亡する可能性もあるが、それでも受ける覚悟はあるかね?」


「なんだ、そんなことか」



 元より、勇者に敗れ、失いかけたこの命、惜しいものではない。

 そしてなにより――



「――我を誰だと思っている? かつて世界を支配しようとした魔王だぞ。死など、千年以上前より恐れておらぬわ」


「……覚悟は充分、なようだな」



 学院長は立ち上がり、机の上から一枚の書類を取り、我へ手渡してきた。



「君に与える試験は、まあ、内容としてはごくごくシンプルだ。この紙に書いてあるものを採取し、私の元へ持ってこればいい」


「ほう? 我を相手に、ただのお使いとな?」


「お使いとくるか……面白い。だが、この『お使い』は、少々厳しいものになっているぞ?」



 そういい、学院長は無骨な顔を少し崩し、ニヤリと口角を上げる。

 クク、仏頂面な男かと思いきや、少しは人間らしい顔をするではないか?



「期限は1週間だ。期間内にその紙に書いてあ――」


「――今日中だ」


「……なに?」



 話を遮られた学院長が、目をパチクリとさせ、我の方へ振り返る。



「一週間など、そんな長ったらしい期限は必要ない。今日中に、この編入試験をクリアし、明日にはここの学徒として、おお腕を振って門を潜ってみせよう」


「…………ふ、ふふ、がっはっはっはっ!!」



 大口を開け、高らかに笑い始める学院長。

 流石に、あの仏頂面から、ここまで笑顔になるのは想定外で、我も少し驚かされる。



「君、面白いな!! いいだろう、もし君が宣言通り、今日中に試験をクリアできたなら、私からも特別報酬を渡そうじゃないか!」


「……ククク、その言葉、二言は無いな?」


「ああ、もちろんだとも。君こそ、あそこまでの大口を叩いたんだ。期待外れだった……なんてことはよしてくれたまえよ?」



 フッ、我が期待外れに……だと?



「まあ、楽しみに待っているのだな」


「ああ、私も、今日はゆっくり残業でもしながら待っているとするよ」



 最後に、互いにニヤリと見つめ合い、我は学院長室を後にする。





           *





「――で、今日中に試験をクリアすることになっちゃたんですかぁ!?」


「うむ。我が挑む以上、それくらいはやらなくては面白味がないであろう?」


「魔王さんって……ほんっと、魔王さんって感じなんですね」



 フッ、よせ、照れるではな……ん? それは褒め言葉なのか?



「……それで、試験内容はなんだったんですか?」


「この紙に書いてあるものを入手すればいいらしい」


「どれどれ……」



 そう呟きながら、我が手渡した紙に視線を送るクリス。



「あれ、入手って言っても、一つだけなんですね」


「ああ、我もまだ詳しく内容は見ていないが、ほぼ白紙に近いというのはチラッと見えたぞ」


「それなら、意外と簡単か……も……」



 話していたクリスが、紙に視線を向けたまま固まってしまう。

 数秒ほど微動だにしなかったが、ワナワナと手が震え始め、額には冷や汗が流れている。



「こ、こ、ここ、『コレ』を、にゅ、入手するんですか!?」


「ん? ああ、だから先ほどもそうだと――」


「魔王さん! やめましょう! 今すぐ試験を辞退してください!!」



 クリスは、慌てた様子で我の肩を掴み、懇願するように我の身体を揺さぶぶぶぶぶぶ。



「ええい、やめんか! 試験を辞退するつもりなど毛頭ないぞ!」


「で、でも、こんな試験無茶ですよ!!」



 我に振り解かれたクリスが、それでも負けじと、我の目の前に紙を突きつける。



「まったく……一体、何をそんなに慌てているのだ?」



 クリスに突きつけられた紙に、短く記載された試験内容に、改めて目を通す。






――編入条件;中位以上のドラゴンのツノを採取せよ



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