第2話 我、城を出る
「あむ! モグモグ! ハフ……」
「……そ、そんなに、お腹が空いてたんですね」
「むしゃ、ああ!! むしゃ、どれだけ、むしゃ、封印されていたか、モグ、分からんが、はむ、ずっと、ズズズ、何も食べて、むしゃ、なかったからな!!」
「……た、食べてからでいいですよ」
美味いっ! 美味いぞ!!
封印明けの食事というのは、こんなにも美味いものなのか!
これは、新しい知見を得たな!
「むしゃむしゃ……ごくん」
「あ、これ、ただの水ですが……」
「む、助かるぞ。…………ぷはぁ!!」
生き返る、生き返るぞぉ!
「すごい……あんなにあった食料が、一瞬で……」
「ふぅ……感謝するぞ人間。」
「あ、クリスって言います」
食料をくれた人間……クリスという女に礼を言い、一息つく。
「あ、あの……先ほどは、助けていただき、ありがとうございます」
「む? ああ、礼の必要はないぞ。貴様も我に食料をくれた時点で、礼は済んでいる」
「……魔王さんは、どうしてこんなところに?」
クリスが、恐る恐ると言った様子で我に問いかける。
まあ、人間からしたら、我は恐怖の象徴だからな、その反応も致し方あるまい。
「先ほども言ったが、我は勇者との戦いに敗れ、封印されていた。だが、さきほど、その封印を破り、再びこの魔王城に復活したのだ」
「ゆ、勇者……封印……って、魔王城?」
「ああ、少し放置されていたせいで、ボロくなってはいるが、我が見間違うはずもない。ここは、我がいた魔王城だ」
廊下の雰囲気や、ただよう魔力でわかる。
ここは、我の居城だ……。
随分と埃まみれになっているな……いったいどれほどの月日が……。
「ああ、そうだ。今は何年なのだ? 我が封印されてからどれほどの月日が流れた」
我の記憶では、勇者との決戦は『ゼナン暦』600年頃だった。
体感では、100年ほど経っただろうか? いや、下手したら200年は――
「――現在は、『ノルン歴』1016年ですね」
「……ん?」
ノルン暦? 聞いたことないな。我が死んだ後に、暦が変わっ――
「ちょっと待て、1000年と言ったか?」
「はい、正確には、1016年です」
「おい、おいおいおいおい」
千年? 我が封印されてから、最低でも1000年以上経ったというのか?
い、いや待て、もしかしたら、この地域ではそういう呼び方をしているだけ、というパターンもあり得る。
「ゼ、ゼナン暦は知っているか?」
「あぁ〜……たしか、ノルン暦の、一つ前の暦の呼び方……でしたっけ? あまり資料がないらしくて、正式な呼び方かも怪しいらしいですよね」
「バカ……な……」
間違いない。千年経っている……。
そ、それほどの間、我はのうのうと封印されていたという、のか……。
「おのれ……勇者め……」
「ど、どうしたんですか!? ぼ、ボク、なにか気に触ることを言ってしまいましたか……?」
「……いや、気にするな」
そうだ、落ち込んでいても仕方あるまい。
ちょっと千年間封印されていたからなんだというのだ? どうせ悩んでいても仕方あるまい。
せっかく封印から解かれたのだ。改めて、この世界を征服すれば良いではないか。
「フハハハ!! 面白くなってきたではないか!!」
「わぁ!? ビックリした……きゅ、急に叫ばないでくださいよ」
「む? ああ、悪かったな……そうだ、クリスよ。外の世界はどうなっているのだ?」
千年も経過しているのだ、我の知っていた頃と、だいぶ様変わりしているのだろうな……。
「どうなっている……ですか? ちょっと、抽象的すぎて、どう説明したらいいのか……」
「むぅ……それもそうだな」
よく考えてみれば、千年前を知らないクリスに、どう変わったかなど、変化を知る由もないか。
となれば――
「よし! ならば、ここから出て、我自身の目で見る他あるまい!」
「ふ、復活したばかりなのに、アグレッシブですね……」
「そうと決まれば、クリスよ! 貴様に、案内を頼みたい!」
現代の世界のことはわからぬ。案内人の1人はいたほうがいいだろう。
「ボ、ボクですか? ……まぁ、助けてもらった恩もありますし、いいですよ」
「そうか、大義であるぞ!」
さて、千年ぶりの外の世界……楽しみである!
*
「な、なんだ……これは」
「ん? どうかしましたか?」
意気揚々と城の外に出た瞬間。目の前にあったのは……何もない、ただの森だった。
「城下町は……我の民たちはどこにいった!?」
「城下町……? ここって、元々町だったんですか?」
民が溢れ、人々で賑わっていた町が跡形もなく。
ただ木々並ぶ森のみがあった。
「ど、どうなっているんだ……魔人は、この世界に魔人はいないのか!?」
「ま、魔人でしたら――」
いや、聞かなくても分かっている。
我ら魔人の領土は、この地にしかなかった。
元々数が少ない種族なのもあり、人間たちとの戦いで、土地を確保しようとしていたくらいだ。
我が敗れ、魔人軍が敗れたということは……。
「普通に、ボクの住んでる王都にもいますけど……?」
「クッ、やはりそうだったか……すまぬ、同胞たちよ、我が不甲斐な――え? 」
い、今、なんと言った? 王都に、いる?
「ですから、普通に住んでますよ? 王都どころか、その辺の街にもいるんじゃないですか?」
「に、人間と、共存しているというのか?」
「ええ、普通に、人間も魔人も、獣人とかもいますけど……それがどうかしたんですか?」
ば、バカな……多種族同士で、共存している……?
あり得ない、我の時代では、そんなことを言うものは、迫害されていたぞ……。
「い、いや! もしや、魔人を奴隷扱いしているのではないだろうな!」
「そんな! 種族単位で奴隷なんて、あり得ないです!」
「そう……なのか」
魔人が不当な扱いを受けているわけではないのか……よかった。本当に良かった。
「……では、魔人と人間による戦争は、もうないのか」
「種族間戦争は、ここ数百年聞かないですね……」
「なんと……!」
まさか、それほどまでに平和な時代になっていたとは!
……我が封印されていた千年で、変わったのだな。
「それで、どうします? とりあえず、ボクの住む王都でも案内しますか?」
「……ああ、頼む」
世界がどうなっているのか……この目で見届けねばな。
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