第1話 我、復活




――んん。



――なんだ、これは……。



――ああ、そうか。



――我は……負けたのか。



――死んでは……ないな。



――どうやら、封印されているようだな。



――どうやら、封印が弱まったことで、意識を取り戻したようだな。



――それならば、今1度、目覚めるとするか。



――封印解除の魔法は……






         *






「うう、どうしてボクがこんなことを……」



 ボク――クリス・リーブレイは今、絶賛迷子だ。

 通っている学院の、不良グループの連中に脅され、とあるダンジョンに1人で潜らされている。



「だいたい、こんなダンジョン、もう宝物も何もかも取り尽くされてるだろ……。それなのに、『宝の一つでも見つけてくるまで帰ってくるな』って……無茶があるでしょ」



 ダンジョンには、宝物がある。

 それは金銀財宝であったり、伝説の武器だったりと……見つかれば、城を立てられるようなものも存在する。


 ……けど、この古いお城のようなダンジョンは、昔からあるだけあって、数多くの人たちが潜り、すでに攻略されている。



(魔物もほとんど討伐されているっていうのが、唯一の救いか……)



 けど、ゼロになったわけじゃない。

 ダンジョンに巣食う魔物は、どういう原理かは知らないけど、定期的に再出現する。


 中には復活しない奴もいるらしいけど、まだ誰も解明したことないらしい。

 ……まあ、この古城に関しては、しばらく前から魔物の目撃がないらしいけど。



「……まあ、お宝は流石にないよね……テキトーに時間潰して、帰るかぁ」



 ズズズ、ズズズ



「ひぃっ!? な、なな、なに!?」



 突然、何かを引きずるような音が聞こえ、思わず飛び上がる。

 こ、ここには、ボク以外いないはずなのに……ま、まさか、魔物!?



「だ、誰か、いますか〜?」



 ズズズ、ズズズ



「居るなら、へ、返事してくださ〜い」



 ズズズ、ズズズ



「ボ、ボクは敵じゃありませんからね? ま、魔物じゃありませんよ〜」



 返事は聞こえない。

 しかし、引きずるような音は、少しずつ、自分の方へ近づいて来ているかのように、音が大きくなっている。



(だ、大丈夫……き、きっと、怪我をした人だ。へ、返事がないのは、きっと喋る元気がないだけ……)



 方向的に、音の主は、すぐ目の前の十字路の、左右のどちらからにいるだろう。

 もし怪我をした人だったら、助けないわけにいかない。

 恐る恐る、曲がり角のすぐ側の壁に、背をつける。



(左側には……暗くてよく見えないけど、多分人はいなさそうだ)



 ということは、今自分が背をつけている側……右側の通路にいるんだろう。

 少し深呼吸をし、ゆっくりと顔を出し、覗きこむ。



(もし魔物だったら、すぐさま逃げれば――)


「グギャ?」


「きゃぁぁぁぁぁ!!? ゴブリンンンンンン!?」



 顔を出した目の前、鼻と鼻が触れそうな距離に、魔物であるゴブリンがいた。



「グギ? グギャギャ?」


「はわわわわわわ……逃げ……逃げ……」



 いきなり目の前に現れたゴブリンに驚き、尻餅をついてしまう。

 すぐさま逃げようとしたけど、腰が抜けたのか、うまく立てない。



「ゲゲ! ゲギャギャ!!」



 事態を飲み込んだのか、不思議そうな顔でこちらを見つめていたゴブリンが、興奮したように鳴き声を上げる。



「ひぃぃぃぃ!? お、お助けを!!」


「グギギギ!!!」


(あ、終わった)



 ゴブリンが、持っていた寂れた棍棒を振りかぶる。

 貧弱なボクが、それに対抗できるわけもない。



(ああ、さよなら。ボクの人生……)



 目を瞑り、終わりの時を待つ。

 せめて、痛くないようにお願いします……。


 ――けど、1秒もかからないと思っていた終わりの瞬間は、訪れない。


 なんでだろう? そう思い、恐る恐る目を開けると、そこには――



「グブ! グググ!!」


「…………」



 何者かによって、顔面を掴まれ、ジタバタと宙を蹴っているゴブリンがいた。



「ひぃぃぃぃ!?」


(なになになになにっ!? 誰っ!? どういう状況!?)



 ゴブリンを掴んでいる者の方を見ると、ボロボロのローブを纏い、少し長い黒髪に、鋭い黒い瞳。

 そして、なにより特徴的なのは...…。



「つ、ツノ……?」



 雄々しい、2対の黒いツノが生えていた。

 その男は、ゴブリンを掴んだまま、こちらを見つめる。



「貴様……人間か?」


「え? あ、は、はいっ!」


「よもや、こんなところまで人間がいるとは……どうやら、我が封印されてから、随分と年月が経っているようだな」



 男は、なにやらよく分からないことをブツブツと呟いている。

 その時、ゴブリンが棍棒を振りかぶり、自分の顔を掴んでいる男に叩きつけようとしている。



「あ、危なっ――」


「――獄炎インフェルノ



 危ない。そう叫ぼうとしたのも束の間。

 男の手のひらから黒い炎が吹き出し、ゴブリンの体を飲み込んでしまった。



「グギャァァァァァァァ!?」



 黒い炎に包まれたゴブリンは、悲痛な断末魔を上げる。


 炎が収まり、男の手が露わになると、ゴブリンの肉体は燃え尽き、灰が握られていた。



(な、なんなんだこの人!? あ、あんな力、見たことがない……!)


「い、一体……貴方は……?」



 ボクが驚き、尋ねると、目の前の男は手に残った灰を宙に舞わせ、ボクの方に向き直る。



「――我は魔王グレイ•サタルキス!! 勇者との戦いに敗れし者!! しかし、時を超え、封印から解放された今! 再び世界をこの手に迎え入れようぞ!!」


「ま、まお……う?」



 その威風堂々とした名乗りは、不思議と惹かれるものがあり、魔王という自称が、決して嘘ではない。そう思わせる凄みがあった。



「くっ――」



 名乗ったのも束の間。

 魔王を名乗る男は、苦しそうに顔を歪め、その場に膝をつき、力無く倒れてしまった。



「だ、大大丈ですか!? も、もしかして、どこかに怪我を――」


「――――った」


「っ! なんですか!? どこか痛むんですか!?」



 微かに聞こえる声に耳を傾ける。

 すると、弱々しいながらも、魔王を名乗る男は口を開く。



「――腹が、減っ……た」


「……え?」



 今、なんで言った? 腹が……減った?



「早く……食べ物……を……うぅ」



 弱々しい声をあげ、そのまま気絶してしまった……。

 先ほどの名乗りを上げたのと、同一人物とは思えないその様子に、呆気に取られる。




「こ、この人……一体なんなんだ?」

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