一日目(3)
通されたスイートは俺一人にはもったいないくらいの広くて贅沢な部屋だった。
時代を感じさせる内装だ。壁紙や家具は金と赤を基調としたもので統一され、所々に配置された暖色の間接照明がランプのようなぼんやりとした明かりで空間を演出している。テーブルやチェアはそのやぼったい装飾からいやに窮屈に感じた。
「わあー。私こんな部屋見たことないよっ。すごい綺麗だね。きゃははっ。みてみてりっくん。トランポリンみたいだよーこのベッド!」
そして当然ベッドには天蓋がついていた。
溜息をつきかけて、飲み込む。
「俺先に風呂入ってくるから。あんまりはしゃぎすぎるなよ」
浴室を覗きに行くと、脱衣所との間が全面ガラス張りになっていた。
さすがに閉口してしまう。
「くふふ……これじゃりっくんの裸がのぞき放題じゃあないですか」
「それだけはやめてくれ……お前はさっきのトランポリンで遊んどきな」
「はぁーい」
しぶしぶといった態度で引き下がってくれた。
服を脱いでかごにつっこみ浴室に入る。時間が遅いからか、スタッフが気を利かせてくれたのか、事前にお湯が張られていた。
部屋の電気を落として湯船につかり目を閉じた。
暗い浴室に湯気が霧のように立ち込めて顔にまとわりつく。なにもない空間に自分だけが取り残されているような、黒い世界が無限に広がっていくような感覚が俺は好きだった。
「……」
お湯に浸っている間──もとい、あのペンダントを外している間は幻覚も見えないし、幻聴も聞こえない。
あいつが話しかけてくることはない。
あのペンダントは俺の罪の意識そのものと言ってもいい。普段肌身離さずつけているのもそのためだ。
小さな赤い宝石に銀の縁取りが施されたペンダント。それは父の杞憂であり、俺の思い出であり、そしてエルの遺品でもあった。
「…………」
もう六年も前だ。
町を出て五年。今の旅を始めてからそろそろ一年。
俺はなんのためらいもなく一人で町を去った。
思い返せば。俺はずっと周りを見ることが出来ないただの子供だった。
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