第13話 ウサギさんとユーリちゃん
「宇佐ちゃんはユーリちゃんになにされたの?」
お互い初対面で、共通の話題はこれしか思い付かなかった。沈黙はかなりツラいし、俺なりに気を遣ったつもりだ。
「いや、それがーー」
苦い顔で笑う宇佐ちゃん。これは俺の時のような、可愛らしいモノではなさそうだ。
私は、とにかく家が貧しい。父はいなくて、中学に上がる頃には、母は過労で病気がちになった。
兄弟は多くて、私の上に大学二年生の兄が一人。下には中学一年生の妹と、小学校五年生の妹。さらに小学校二年生の弟。
六人家族の食費を稼ぐには、兄の泊まり込みのバイトはありがたい。けれど、生活費と母の医療費に、下の子たちの学費を稼ぐには、兄一人と母の内職ではギリギリ。貯金なんて夢のまた夢。
学費の心配をさせたくなくて、奨学金で高校へ行けるように勉強した。中卒で就職は、兄にも母にも気を遣わせるからなしだと思っていた。
努力の甲斐があって、条件の良い高校を勧められた。この地域では一番、偏差値が高く、評判も良い。さらには将来性も高い若宮学園はほぼ確実に入れるだろうと言われたのだ。
そんな理想的な学校に入れるなら嬉しい。
そう思って文化祭に来てみたのだが、ここの生徒はみんな、将来の夢があり、目標があり。なにより、人生を楽しんでいる。そう、私の目には映った。
そんな姿を見たら、兄と母に心配をかけまい。負担にはなるまいとしているだけの自分が入って良い学校とは思えなかった。
このまま帰ると、家で休んでいる母が心配するかもしれない。
人の少ない方に。一人になれる方に。
今の顔を誰にも見られたくなかった。キラキラ輝くここの生徒は、私には眩しすぎた。
そう思って歩いていたら、裏山の近くまで来ていた。
手入れの行き届いた花壇。
ーー綺麗……。
ただ綺麗に咲いている。そんな草花に、なんだか涙が溢れてくる。
つー、と一筋。涙が溢れた。ここには誰もいない。なら、今だけ泣いても良いだろうか。
誰に許しを得ようと関係ない。けれど唯一、自分の心だけに言い訳をした。それは、私が泣いて怒るのも、失望するのも、責めるのも、私自身だけだとわかっていたからだ。
「あのさ」
どこからか声がした。周りを確認するも、人影はない。
「そんな顔で私の文化祭から帰れると思ってる? よっと」
ドサッ。
かっこよく登場するのは、私を悩みから解放してくれるヒーロー、そう思った。けれど彼女は違った。
「いった〜……」
声の主は、裏山のヤマモモの木から飛び降りる。しかし落ちた拍子に、ギリギリ食べられそうなヤマモモの実をどっさりと落とした。
「これ、全部どうする気だったんですか」
涙は引っ込んだ。思わず溢れた私の呟きに、わからない、といった表情で首を傾げる少女。
「果物を食べなくてどうするの。あ、食べる? タネが大きいから気を付けてね」
渡されたヤマモモの実を軽くかじる。
「甘い……」
落ちてきた少女はニコニコと嬉しそうに私の横に座って、ヤマモモの実を一緒にかじる。
「好きな人でもいるの?」
私は少女を見る。
「なんでーー」
「中学生の悩みってこういうのじゃないの?」
私は大きくため息を吐いた。
期待していたのかもしれない。この少女の瞳には、私の悩みや不安を、全て見透かして、消し去ってくれる。そんな力があるのかもしれない、と。
私が憧れた、少女アニメのヒロインのように。
――なんて。
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