第2話 私立若宮学園・文化祭

「可愛らしい子。これで青春の歯車が廻りだす。中心になるのはあの子か、彼か。いえ、それもあくまで可能性の一つ。またやって来るかしら。楽しみね」


運命を変えてやる。

決心した頃には目的地についていた。歩いている間は、占い師の言葉だけを考えていた。

父と母が、俺に勧める高校の校門前。

私立若宮学園。

自由な校風と、世界的にも評価される、独自の優秀な教育マニュアル。芸能を極めんとする生徒からエンジニア、進学まで。なんでも叶える学校。けれど努力は必須。夢を追うものは全力でサポートする、と最近コマーシャルをしていた気がする。

やりたいことを見つけたい学生も導いてくれる学校なのだろうか。

見上げれば手の込んだアーチが出迎えてくれる。

何やらパーカーを腰に巻いた、制服の下にジャージを着ている生徒が作業中だ。もう客は学校内に入っているようだが、作業が追いついていない、ということだろうか。

――この学校、大丈夫か?

生徒は脚立からヒョイと降りて、そそくさと脚立を片付けている。完成したであろうアーチを見上げる。

『歓迎祭』

文化祭、とか若宮祭ではいけなかったのだろうか。

「おい! アサガイがまた余計なことをしていったぞ!」

「ちょっと! あの子何やらかすかわからないのよ!」

賑やかな声が響く。

よく見ると、アーチの『歓迎祭』の下には『若宮祭』と書いてある。さっきの生徒のいたずら、なのだろうか。

「見つかった〜。絶対こっちの方が良いって! 先輩はわかってないなあ」

「ああ、ユーリちゃん。脚立、もう使わない?」

先ほどの生徒は、のそのそと歩いてきた老齢のおじいさんに脚立を返している。用務員だろうか。

「ヤーさんありがとね、これ」

にこやかにヤーさんとやらと話している。アーチの向こうでは文化祭実行委員の腕章を着けている生徒が全力疾走している。こちらに向かって。

「いた! アサガイいた!」

「捕まえろ! またなんかするぞ!」

振り返ったジャージの生徒は顔を緩める。

「ヤーさん、やっぱり文化祭は楽しいねえ」

用務員のおじいさん、もといヤーさんはしわくちゃな顔で笑う。

「ユーリちゃん、ほどほどにね」

ジャージの生徒、もといユーリちゃんは手を振った。

「ヤーさんありがとう! またね〜」

ヤーさんは脚立を持って、かわいそうなくらいゆっくり、のそのそと引き返した。

こっちに走ってくるユーリちゃん。学校の外へ駆けているようだ。

横を通り過ぎたユーリちゃんは、ほんのりと甘い金木犀の香りがした。

通り過ぎる直前、目が合う。

「楽しんでいきなよ。少年!」

ウインクを残して遠のいて行った。心臓がどくどくとうるさい。

俺は思わず声をかけた。


こちらに走ってくる文化祭実行委員が、息も絶え絶えに話しかけてきた。

「ねえ! そこの橋谷中の男子! ジャージを履いた女の子通ったよね!?」

「どこ行った!?」

凄まじい剣幕で問い詰められる。

「木の上? 植木の中? ああ、急がないと。見つけたら生徒会と文化祭実行委員に教えて! じゃあ楽しんで!」

「高尾、校舎の方に行って! もー、早く見つけないと生徒会長に怒られる〜」

俺の答えを聞く間もなく、文化祭実行委員は慌ただしく散って行った。

「ユーリ、ちゃん? もうみんな行ったみたいですよ」

声をかけると、アーチと植木の隙間からひょっこりとユーリちゃんが出てきた。顔にはペンキと土汚れが付いている。パーカーもかなり年季が入っているように見える。いや、本人がガサツなのだろうか。

「橋谷中の少年。助かった。ありがと、と今って何時だ?」

制服のスカートから懐中時計を取り出したユーリちゃん。どうして腕時計ではないのだろうか。メンテナンスから、微調整までかなり手がかかると思う。今はソーラーかつ電波の懐中時計もあるのだろうけれど、それだと懐中時計の良さがない。

「急がなきゃ。またね、少年! 楽しんでいきなよ!」

ニカっと歯を見せてウインクをする。

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