第38話暗雲
いや、分かるよ。
デートに誘うことすらキツイってのにその上、告白は心臓がやばいってのは。
でもな……告白するって言っているから、てっきり乗り越えているんかと思っていたよ。
「まぁ……お前が良いなら、良いんじゃない?」
デートやら何回も何回もして告白、ってのはラブコメからの先入観だろうな。
もっとこう、現実はあっさりしててLINEで告白して付き合って、気に入らなくなったら別れる。
そんな軽いものだから気に入らない時点でデートにも行かないだろうし、デートに行くってことは少なからず気がある。
だから、デートを省略して告白でも…………可笑しくはない。気がしなくもない。
わだかまりがある、って言っても気にせず付き合う場合もあるだろう。
何より成功しようが、失敗しようが俺には関係なくて勉強になる。
本人がそうしたい、って言うなら強制する権利も義務もないし、尊重しよう。
「月見先輩は成功させる気が…………いぇ、一つ聞いても良いですか」
一方、俺は良くても苺谷は月見の覚悟を疑ってしまったようだ。
昼食の時もそうだけど、やるなら徹底的に手を抜かない主義なんだろう。
失敗した時、約束を
「先輩はあの二人の間に割って入って、奪い、壊し、嫌われる覚悟はあるんですよね?」
今一度、大前提として俺たちが飲み込んだ質問をする苺谷に。
「き、聞いてみただけだから、別に、別に」
月見の瞳孔が開き、手を振りながら方向を修正しようとする。
怒られる、見限られる、何が頭によぎったのか分からないが、プラスの方向に向かわなかったことは馬鹿にでも雰囲気で分かる。
「う、ううん、違う」
すぐにまた意見を変え、ふわふわと苺谷の機嫌を伺い、言葉を選ぼうとしている様子の月見がポツリと吐く。
そして胸に手を当て、自分自身を落ち着かせようとしているのか、深呼吸。
「最初は、私とりゅうちゃんの二人でよく遊んでいたの。
そんなある日、りんごちゃんが転校してきた」
ぽつりぽつり、と聞いてもいない昔話をし始めた。
「すぐに仲良くはならなかった。
仲良くなったのは、ある事件が起きてから」
言うべきか、迷っているのか月見の目が数回泳ぐ。
事件か、トラウマや仲違いした事にも関係するんだろうか。
「学校のプール終わりにね、私の下着が見当たらなくなったの」
おぉ……喧嘩、事故とか思っていたけど、性欲的な関係か?
あの男、月見の下着を盗んだのか、そりゃ友達だなんて言えないな。
「鮮明に覚えているんだけど、みんながどんどん服を着ている中、私だけがずっと鞄の中を漁って、漁ってね」
それにしても下着を盗んだってのに、好きなままなんて。
あれか、女の子は自分にだけ優しい暴力的な男を好きになる、て奴か。
「そんな時、助けてくれたのがりんごちゃんで。先生に言ってくれてね。
持ち物検査をして、男の子の一人から私の下着とソックリなのが出できたの」
違った、名前も覚えられていない男の子が犯人だった。
変態を好きになった訳じゃなかったんだな。
「でも男の子は多様性だろ、女の子の下着を持っていて悪いのかって叫び始めて。
そしたら、だんだん感触やらが違う気がして自分の方が間違いなんじゃないかって思い始めて……」
確かに女の子の下着を男が持っていても責められるような時代じゃない。
けど、同じ柄でその言い訳は無理があるな。
「そんな時、またりんごちゃんが着替えてる時に名前を書いてることを覚えていたみたいで。
それでタグの裏を見たら、私の名前があって。男の子は言い訳もできなくて無事に解決したの。
そこからりんごちゃんは私のヒーローで、三人で遊ぶようになった感じ」
淡々と話していた月見だったが、後半になれば良い思い出だったように嬉しそうな表情をしていた。
付き合いが長い男の方が好きとはいえ、別に青葉のことが嫌いでもないのか。
「でもね、あの通り元気がいっぱいでしょ? 毎日遊んだの。
それこそ毎日毎日……りんごちゃんは私を誘って、りゅうちゃんも誘って。
そしたらね、分かると思うけど限界が来るでしょ?
私、疲れちゃって、ある時に断っちゃったの。気を使って謝ってくれたりもして、申し訳なくて二人で遊んでって。
それを何回か繰り返すとね。
どんどん会話が合わなくなって、話題を合わせてくれているのが分かって、二人のことを避けるようになった。
そして気がついたら疎遠に、ってありきたりな自業自得で誰も悪くない話」
小さく息を吐いてスッキリした様子の月見は俺たちへ微笑む。
率直な感想を言うなら、それだけ? と思った。
下着を盗まれて何されたか分からない。
それもトラウマにはなるかもしれないが、友達じゃなくなるほどではない。
月見が会話についていけなくなったことを、あの男が後悔した結果の言葉かもしれないけど。
「なるほど……疎遠になった話は分かりましたけど——」
「わがままで、都合悪くて、悪い子になるって決めたの。
私は他人の顔色を伺って伺って、崖際に立っている。
伺ってきた誰からも気づかれず、孤独だけに落ちかけている」
苺谷の話を遮った月見は少しずつ、少しずつ、後退りする。
「覚悟……ですよね? 苺谷さん。私に覚悟なんてない、です」
地続きの道路で、踵を上げて止めた足元の先に。
どんな光景が広がっていたのか、は本人しか知らないが気迫が目に宿る。
「だって私は……何もせず、死にたくないだけなんだから。
でも、どうせ死ぬなら、一歩踏み出してやりたいことをやって死にたい」
決してプラスな感情で、彼女が動いているわけじゃない。
そのことは分かっていたけど、想像以上だな。
しかし、なんだろう……どうしても話との落差に違和感が拭えない。
俺が下着を盗まれてないし、友達と疎遠になったこともない……ただ現実を知って失望し、空虚になったことしか感じたことがないからかもしれないな。
「そんな私の弱さを、覚悟として勘違いして貰うっては……ダメかな?」
拳を握りしめ、見据えてくる月見に。
苺谷はここまでの返しが来るとは想定外のようで、唇を吸い、言葉ではなく頭を振って答える。
聞いておきながら答えられると頭を振るだけか、俺でもそうしただろうな。
彼女の意思が明確であればあるほど、声で答えば同じ土俵であるという意思表示になってしまう。
俺たちは彼女ほど切羽詰まってなどいない、失敗しても良い点で真剣さが違う。
「えへへ、だ、だからデートも、告白も、す、少ないと……いいなって……思っていたんだけどッ」
口に出さないが、態度からは滲み出ている。
それを月見も分かっているはずだが、気にするそぶりもなく、パァっと明るくなり。
「ゆあ……? ゆあっ、ゆあッ!!」
背後からの声であっという間に陰り、ピリついたものになった。
気のせいだろうか、一番聞いてはいけない声が後ろから聞こえた気がしたんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます