第37話無理だってそれは
「や、やっぱりどこかおかしいッ?!」
俺たちの沈黙を勘違いした月見は、目を回しながら恥ずかしがる。
嫌がらせかな……?
というか、てっきり幼馴染と比べられるのが嫌で、モテない方向性へ徹底的に吹っ切れたと思っていたけど、これなら美男美女3人組の良い勝負じゃないか?
原石どころか、ダイヤがわざわざ泥被って原石化したってのか。
「ファ、ファッションの本とか……生まれて1回も買ったことないから、その……よく分からなくて………ッ直してきたほうがいい?」
あー、もう負けだよ。
苺谷も愕然として、静かにスマホの画面を閉じてるもん。
本を買って勉強しているお前と違って、あっちは天然。天然のギャルだもんな。
今にして思えば、急に馴れ馴れしくなってたり、陽キャの片鱗あったもん。
陰キャ特有の仲間意識、かなっと思ったら違ったわ。
虫を捕まえるために悪臭纏った食虫植物みたいなものだったわ。
ははっ、虫じゃなくて匂いに釣られるんだな。
それでも安心できる事があるとすれば、玄関から覗き見える月見の部屋。
あらかじめ学園が用意した家具しか無い俺の部屋と違って、持参したであろう服やメイク道具でしっちゃっかめっちゃっかである事。
この幻匂すら感じるほどの汚さ、こいつは間違いなく月見だ。
姿が変われても、部屋は生き写しのようにゴミ部屋だな。
「いいえ、可愛いです。我を貫きすぎてとっつき難さを感じますが、次第点って言ったところですね」
散々待たせた挙句、また戻ろうとする月見に。
苺谷は正気に戻ったようで、先生と思わせるほど堂々たる姿で褒め出した。
そっか。
苺谷は意図して親しみ易さを出しているだけで、別に月見より下とかそんな事もないか。
言われてみると、確かに月見の格好は『スクールカーストの強者』ではあるが『モテる』かと言われると微妙。
「良いですか、清楚である必要はないですが服装の清楚感は大切です。
それだけで周りから同じ動作でもビッチから、無知天然ぐらいに印象が変わります」
そう言いながらも苺谷の手は震えていて、スマホが落ちてしまう。
えぇ……言っていることはもっともな気がしているんだから、もう少し動揺を隠して欲しいんだけど——
「清楚……清楚感」
言葉を咀嚼している月見の前で、俺の視線は苺谷の方へと向かっていた。
なぜなら、ゆっくりスマホを拾おうとして上半身を下げるたび、反比例してスカートがどんどんと上がっていたから。
膝の裏の窪みである膝窩から、徐々に太ももを伝い、撫でるようにしゅるしゅると上がり続ける。
いくら動揺しているとはいえ……後ろにいる俺のことも考えて欲しいもんだ。
あと少しで下着が見えてしまう、そう思ったところでスカートは止まり。
「ね?」
嵌められたか、そう思った時には遅く。
この通りっと顎で指してくる苺谷に、納得した様子だが見損なったような目をしてくる月見がいた。
「……何してるんですか?」
二人の視線がチクチクと刺さってくる中、ガチャガチャとベルトを外す。
「スカートが捲れ上がって、視線が行ったことを非難するなら。
俺のベルトが事故で落ちたとしても、下着を見ない自信があるのかなっと思って」
この学校は制服の校則なんてものはない。
好き勝手に髪の毛を染めて良いし、改造をしたって良い。
俺も本人の好き勝手に服を着れば良いと思うが、屈んだら下着が見えそうな制服にしておきながら見た人を非難するってのはな。
全裸のおっさんが街の中を歩いていて、見た人々を非難するようなもんだろう。
月見よ、えっちなのは俺じゃない。
あいつだ。
「張り合わなくて良いですから、履いてくださいね」
健気にベルトを外そうとしていると、苺谷の口元へ寄せられたカメラがキラリと光る。
撮っているから、止めろってか。
これはまた、随分と穏やかな静止方法だ。
「それで、これからどうするんだ? 先日のリスタート……なんてことを考えているなら、状況が違うぞ」
ベルトを絞め、家から出て来た月見と苺谷が同時に小首をかしげる。
「そりゃ同じことをする訳ないじゃないですか」
当然、考慮出来ない苺谷は置いておいて、月見の顔を見る。
けど、なぜ俺が見てくるのか、分からない様子だ。
っく……その格好だと、間違っているのは俺のように思わせられるな。
「今さ、俺らお金ないだろ?」
批判したら、何処からともなく存在しないクラスメイトが湧いて出て。
俺を責めて来そうな恐怖で、少しだけ丁寧になる。
「むぅ……?」
「——っあ」
顎に手を当て、俺と月見の二人を眺めて考える苺谷。
「もしかして、たかるために嵌めました?」
俺らがポイントなんて持っていないと理解したようで、苺谷は目を尖らせる。
「ち、ちがっ、ウィンドウショッピングでも、なんでも良いけど、苺谷さんに教えて欲しいのっ!」
おじゃんになりそうな雰囲気。
そうか、たかるつもりじゃなくてもう忘れてたんだな。あぶない。
苺谷が頭を抱え「そう、そうですよね、二人とも」と失礼なため息を吐く。
おおかた、お小遣い以外で金を手に入れてないことも察したんだろうな。
誰が誰を好きとか、入学して数日で分かるわけ——ん? それだとまるで。
「こっ……これしかないけど、400円以内なら奢ってあげられるから」
プルプルと震える手で、なけなしの453ptと書かれたスマホ画面を苺谷へ渡す月見。
ちゃっかり53円残して何に使えるんだ? 450円って言おうよ、そこは。
「ゔっゔぅ」
てっきり彼女にとってすれば端金だから、すぐ突き返す。
そうと思っていたが迷いを見せていた。
「お金は入りませんけど……私は何も奢らないですよ」
「えっ、うんっ! 全然、そのつもりはなかったし、ありがとうっ!!」
少し遅れ、断る。
だが、まだ名残欲しそうに月見が仕舞うスマホ画面を眺めている。
全財産が立ったの453円の人に未練ありそうな振る舞いをする事は、デメリットはあってもメリットなんてない。
貧乏人の金すら欲しがるガメツイ人なんて噂が出たら、距離を置かれかねない。
こいつ…………もしかしなくても、お金が好きなのか?
「まずは私たちがやるべきこと、そして最終的な目標を整理しましょう」
ギャル月見に慣れてないようで、苺谷も小骨が喉に突っかかってるようなギクシャク感が態度から出ている。
あの声がギャルから出ているだけで、頭がバグるから無理もない。
「まず第一におすすめの服装、第二にデート用の場所。そこまでが私たちのやるべきことで、後は月見先輩が適当に告白。
成功も失敗も関係なく、私たちの噂を流す、それで合ってますよね?」
スムーズな流れのため、それと後から揉めないよう、認識のすり合わせをする。
大体の認識は俺と同じだな。
しかし、改めて言われるとやっぱり俺の出る幕なんてないように思える。
ぐちぐち重箱の隅や揚げ足取りぐらいしかしてないのに、なぜ呼んだ?
心が荒んでる時に寄り添いすぎたか?
それでメンタルケアを求められているのかもしれない。全肯定俺くん、慰める役なだけの都合良いモブってところか。
「えっと……うん、大丈夫」
間違えるほどの内容もない、分かりやすいもの。
けど、月見はスッキリしない返事をしていた。
「どうかしたのか?」
聞いてみると伺うように月見が見てきて。
確信し、スマホをいじっていた苺谷も煮え切らない態度に気づいた。
「あの……その、ちょっとした質問なんだけど、デートってやっぱり必要だったり、するのかな?」
続けて聞いてきた事により、態度の理由を察し、苺谷は天を仰いだ。
「えっと、デートって、誘うのも緊張するし…………二人きりで遊ぶって、もう半分告白みたいなものな気がするし」
うじうじと両手の人差し指を合わせ、恥ずかしそうにする月見。
「それならもう2回勇気だすより、告白1回でいいかなぁ…………なんて」
それに対して苺谷は瞼を閉じ、考えている様子だった。
だが、しばらくすると黙って視線で『どうする』と俺へパスしてきやがった。
月見に何があったか、なんて俺も苺谷も聞かない。
けれど、間違いなく月見にはトラウマがあって、それもこれから告白する幼馴染が『友達だった』と過去形に変えるほどの。
それが久しぶりに再会して、あっちのしがらみも解けていないうちに即告白。
そんなの——成功するわけがない。
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