第35話うぉぉぉぉぉっ

「すすすす、好きってっ」

「痰が絡んだみたいな汚い声」


 あからさまに動揺する月見に、プライドがあるからか、嫌味しか言えない苺谷。

 月見の告白とか、苺谷のモテたい、だが知らないけど残念だったなっ! 最初に目的を達成するの普通の青春ラブコメを求める俺みたいだ。

 心の底では二人とも羨ましがって、失敗してほしいだろうけど、悪いがこのチャンス。絶対に掴み取ってみせるぞ。


「わぁー、きゃっきゃっ。青春、したいの?」


 子供のように歓声を上げ、ぺちぺちっと下手くそな拍手をしてくる王さん。

 いっけねぇ、自分の喜びを表現しすぎた。

 でも王さんが喜んでいるということはまだセーフ。


「夜桜、一波です」


 出来る限り、余裕を持っている感じで紹介する。


「へぇ、夜桜ね! ん……よ、ざくら?」


 一度飲み込んだ言葉を王さんはラクダのように口に戻し、再度噛み砕いた。

 なんだ? この含みのある感じ。

 どこかで知っているのか? 俺は有名人ではないぞ。しかしな……ヘマをするとも思えない。

 というか待てよ、知っているとしたら……だよ?

 それって俺の倍率が二人にバレる可能性がある、ってことじゃないかッ?!


「夜桜って日本語で夜に見る花見よね? 良い名前ねっ」


 冷や汗をかき、どうやって黙ってもらおうか試行錯誤していると。

 予想と違って、王さんは純粋無垢に褒めてきていた。


 もしかして……知らない?

 ただ日本語の意味を考えていただけ?

 良かったっ!

 友達もいない俺ごとき人間を知っている人の方が少ないし、出ても悪い子供の噂だろうしな。知らないに越したことない。


「お、お待たせしましたっ! 焼売をお持ちいたしました」


 ほ、惚れられている場合……て、天気の話でもするべきか?

 なんて考えていると先ほどのスタッフが急いで厨房から駆けつけ、セイロを差し出した。

 

「ありがとー。でもね、ぜんっぜん食べる気分無くなっちゃったから、彼らに上げていいよ」


 されど、あんなに怒っていたのが嘘だったように王さんは笑みを浮かべ。

 俺たちの方を指さし、あろうことか焼売を差し出してくれた。


「っえ、い、いいのか?」

「全然良いよぉ? お腹減ってたんだもんね? 本物の味も食べると良いよ」


 スタッフをぶん投げた人とは思えないほどの優しさを向け。

 王さんはひらひらとこちらに手を振り、皿の破片を粉砕させながら去っていく。

 

「これが惚れた弱み……って奴か、罪な男になってしまった」


 ここまで長かった……ついに求めていた青春ラブコメが始まるんだ。

 テーブルに置かれた焼売を眺め、俺は物思いにふける。


「これ、なんか……違う、よね?」

「本人があぁ思うなら、良いんじゃないですか? 馬鹿になってますよ、アレ。

 あんな奴、本当に協力させるんです??」


「そこっ、人の恋道を邪魔するなって道徳の授業で習わなかったのか?!

 安心しろ、お前らのを手伝ったら俺の青春も手伝ってもらうっ!

 目的が出来たし、本気で行くぞっ!!!」


 ヒソヒソと人の後ろを指差す、不埒な輩に注意し、空いた片手でLINEのグループに二人を招待する。

 

「ま……まぁ、やる気はあるみたいだから」

「わたしぃ……暑苦しくて、うるさい、馬鹿っぽいのと休日なんて嫌なんですけど」


 二人は揃って鳴ったスマホを見て、今日で一番ノリの悪い顔をしてきた。

 

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