第34話モテ期きちゃー
「あー、日本語分からないのかな?」
気まずい沈黙が流れ、どうするんだと思っていると荒げた声が天を走る。
「——これはなにって聞いてんの」
そして一段と声量が大きくなると、2階から白い皿が飛び出した。
それは出来の悪いロケット花火のように曲線を描き、
「——パッリンッ!!」
派手な物音を出しながら、床へ砕け散り。
湯気が立っているシュウマイ、グリーンピースがコロコロと転がった。
「っ……ぇ?」
レッサーパンダの威嚇のようにちっちゃく両手を広げ。
ちまん、と驚いていた月見はまだ飲み込めてない様子で瞬きしていた。
反応遅っそ……当たるコースにいたら、避けられなかっただろ。
「あっ……あっぶなかったぁ……少しズレてたら当たってたよ……ねぇ?」
少し遅れて騒ぎ、スレスレを飛んで行ったのに当たるかどうか聞いてくる月見。
だが、後ろから階段をカッカっと降りるヒール音に押し黙ってしまう。
えっ……なに、後ろに化け物でもいるの?
振り返りたくない、振り返らなくてもいいな。
「物分かりが良いね」
背後から穏やかな声が聞こえてくるが、聞こえないふり、聞こえないふり。
襟を掴まれ、引っ張られて強張ったスタッフの顔が横通る。
「ねぇ、聞こえなかったのかな? それともゆーちゃんが美声すぎて聞き惚れちゃった?」
放り投げられ、シュウマイと破片が散らばる床にスタッフは倒れ。
王さんは覗き込み、微笑んで鼻の先に転がっていたシュウマイへヒールを乗せる。
「シュウマイ、
そして徐々に皮を押しつぶし、肉が飛び出し、肉汁が滲み出る。
自分の頭と重ねたようでスタッフは青ざめ「すぐに用意します」と言い残すと左右に慌てながら駆け出す。
「焼売ってこの国ならチャーハン? 炊き込みご飯? を皮で包んだものって決まってるのにねぇ」
一つ、また一つ、王さんは次々と踏みつけ。
「それをまさか、こんな不味い餃子のなり損ないを出されるなんて」
そして目の前に転がる最後の一つまで、足を伸ばし。
ゆっくりと押しつぶし、押しつぶし、終わると気が済んだようで腕を伸ばし、戻り始めた。
「……こわぃ」
「っし……月見先輩聞こえちゃいますよ」
そして二人はというと、いつの間にか俺を盾代わりにしてコソコソと話をしていた。
餃子のなり損ないって……そんな踏みつけるほど不味いのか?
「っぇ——先輩っ?!」
興味本位でしゃがみ込み、潰れたシュウマイを一つ口に入れる。
程よい歯応えの皮に、溢れたのに噛めば噛むほど肉の旨みや野菜の旨みが滲み出る。
踏まれたから少しジャリジャリする意外、別段と不味いとは思えない。
「うん、まずいな」
「ちょっ、せ……先輩? 何当たり前のこと言っているんですか、ここの床って外はもちろん、トイレに入った靴のまんまで汚れ——」
見なくとも引きつっているって想像できる甲高い声で、苺谷が余計な事を言っている中。
俺は次々に、踏みつけられたシュウマイを食べる。
不味い、不味いし、変な匂いで臭いが、投げる前は文句なしだって分かる味だ。
「いくらお腹が減っているからって、こんな大勢の前で…………」
「っゔ」
吐きそうになっている月見の背中を撫でる苺谷を横目に、最後の一つを食べようと手を伸ばす。
汚いだって言われたって、別にそんなに汚いとは思わないし、美味しい。
これで関係性が終わるのなら……それまでって事だよな。
「まったく……だから先輩はモテないんですね」
苺谷が呆れた声を出し、他人のフリをするつもりのようで月見と一緒に距離を取ってきた。
っえ…………心では覚悟を決めたふうに思っていたけど。
そこは食べ物を粗末にしないなんて素敵、とかじゃないのか?
不味い、そんなに落ちている食べ物を食べる行為って良くないのか? だとしたら噂になると困るぞ。
床に落ちて踏まれたものを食った奴呼ばわりされる可能性があるんだから。
「ねぇ、あなたの名前教えてぇ?」
もぐもぐ、と最後の一つを口に入れたところ、膨らんだ頬を優しく撫でられる。
なんだ? と思う間もなく、生暖かい扇子が口元に押しつけられる。
「こんな気持ち……初めて、好きになっちゃったかも」
予想だにしていない言葉に、火災が起こったように思考がどんどん防火扉で閉ざされていく。
見上げると、色っぽい吐息を吐き
皿が割れた辺りで静かになっていた店内はさらに鎮まって耳鳴り・唾を飲み込む音さえ聞こえる。
え、好き……まじで?
なんで、どうして、次々に質問が浮びあがる。けれど、そんなのは愚問だった。
先輩なんて呼んでくる苺谷とは違って、俺はこの答えを知っている。
というより、何度も何度も見ている。百聞は一見にしかずってね。
——チヤホヤされ、甘やかされ続けてきた高圧的なヒロインは、初めて出会う反抗的な主人公に惚れるものだもの。
俺はシュウマイを飲み込み、勝利の挙手がわりに髪をかき上げる。
そして小馬鹿にしてきていた月見と苺谷に聞こえる音量で声を低くし、
「青春、ついに来ちまったか」
精一杯のイケボを出した。
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