第33話これが中華

「外国人だから遅れて参加したはずなのに、もうBクラスで1000倍率を超えですよ」


 腰に着いているワッペンがぱたぱた、とお尻を叩いては跳ね、


「わたしねぇ、シュウマイ食べたいの。1個ちょうだい」


 スタッフに注文しながら、軽快な音を立てて2階へ上がっていく王さん。

 腰までスリッドが入っているから、登るたび白い肌の足元が露出する。

 そして苺谷はというと俺たちへ説明しながら、絵本のお姫様を見るように見上げていた。


「これ2階はもっと上のクラスが使っているんだね」

「そうみたいですねー、メニューも豊富だったり違ってたりするんですかね」


 なんだと……もっと色々な料理があるのか、食べてみたいな。


「羨ましがっても仕方ありません。

 私が食べられるようになるためにも、まずは月見先輩のイメチェンからですね」

「う、うん!」


 スマホを取り出した苺谷はQRコードを表示し、月見はすかさずカメラを起動して登録する。

 これは…………俺もやっていい流れなのか?

 スマホ出してからお前は違う、なんて冗談でも言われたら死ねるぞ。


「やった、ありがとうっ! 小学校以来の初めての友達なの」

「ら……いえ、そうですね」


 何かを言いかけた苺谷は言葉を詰まらせ、肯定する。

 多分、LINEぐらいで大袈裟なっとか言いたかったのかな。


「俺たちは人付き合い少ないからな……LINEだけで結構な友達だろ」

「分かってますよ、せっかく言わないでおいたのに」


 ぶっきらぼうしていた苺谷が、スマホを俺の前へと差し出してくる。


「ところで、先輩もぼっち極めてないで登録してください」

「っえ、あ、あぁ」


 知らんぷりをしてた俺は慌てて取り出し、スマホを落としそうになりながらQRを読み取る。


「っブフッ」

「っあ、私のも、私のも撮ってください」


 吹き出したような声が聞こえたから苺谷を睨むと、赤くなった頬を恥ずかしそうに口元をスマホで隠していた。


「いや……そんな乙女な顔をすれば、誤魔化せるとは思うなよ。仕方ないだろ、初めての登録なんだから」

「友達とか言ってましたけど、それ以上になっても良いですよ? 私は」

 

 そしていつのまにか、月見のアカウントまで登録が終わっていた。

 やった、一気に二人も連絡先が追加された。

 片方は好きな人がいて、もう片方は自分がモテることだけに興味があるような奴だけど。


「お待たせしました、シェンチェンマァントォウです」


 そしてタイミング良く、頼んでいた料理が複数のスタッフに運ばれ。


「水餃子、それとジンチャオロゥスゥですね」


 回転テーブルには、色鮮やかな4皿の料理が置かれていた。

 ん……4つ? 頼んだのは3つだから皿が一つ多いな。

 一つ目の料理は、

 下が煎餅のように硬く、茶色の小さく、上は肉まんにごまとネギが乗っている饅頭のようなものが6個入ったセイロ。

 月見が頼んだシェンチェンマァントォウという奴だろう。

 

 二つ目の料理は、小エビや錦糸卵が泳ぐ白銀のスープにバラの蕾……あるいはハエトリソウみたいな皮で包まれた物体が浸かっているもの。

 苺谷の水餃子だな。


「うぁー、水餃子以外初めて見ましたっ」

「先ずは写真、写真を撮りましょうっ!」


 月見は良いとして、意外にも苺谷もはしゃいでいる。

 静かに写真を撮って、そんな騒がないでくださいとか言うのかと思っていた。

 ここで皿を間違えてしまった後の展開は考えたくないな。


「ふむ……」


 パシャリ、と二人の雰囲気に合わせて全体的な料理の写真を撮る。

 

 消去法で考えると……残り、二つは俺の皿だ。

 一つは黒いソースがかかった細切れ肉エリアに、細切れのネギ・きゅうりエリアが3色に置かれた皿。

 俺の人生の知識が正しければ、これが日本のチンジャオロースに一番近い。

 それなら、それなら、

 最後の皿に残った、餃子の皮のなり損ないはなんなんだって話だ。


「それじゃ食べましょうか」


 っく、写真を撮り終えた苺谷が余計な事を言ったせいで、始まってしまう。

 仕方ない……ここは一旦は様子見をすることにしよう。


「んっと……はぁ、まずはこれですかね」


 回転テーブルの皿をそれぞれ指差した苺谷は、小さくため息を吐いた後に餃子の皮へ手を伸ばす。

 良かったぁっ!

 水餃子に使うものだったのか、それにしても皮on皮とは中国人はよほど皮がすきなんだな。

 ジンチャオロゥスゥに箸を伸ばし、一口食べる。


「……」


 味が気になったのか、苺谷は俺のものにも箸を伸ばす。

 まったく……中華は分けて食べるって聞いたことあるけど、俺の料理が美味しそうだからって自分のより優先するかね。


「っえ」


 余裕綽々になんて言葉で苺谷を弄ろうか、なんて考えていた。

 けれどその箸が口ではなく、皮へ向かったことで驚きが口に出た。

 苺谷はネギやきゅうりも乗せると、まるでトルティーヤのように巻く。


「はい、ジロジロ見て分かんなかったんですよね。こうやって食べるんですよ」


 そして考察が全て間違っていたことと、安心して一つ食べてしまったことで誤魔化しも効かなくなり。

 恥ずかしさで今にも席を立ちたくなっていると頬杖をつきながら、気だるげに口へと押し付けられた。


「あっ、あふがとう」


 てっきり自分で食べると思っていた。

 苺谷は観察していることに気づいて、俺のために巻いていたのか。

 それなのに……俺は馬鹿にしよう、なんて考えていた。

 両手で受け取り、申し訳なさを感じながらもぐもぐする。


「どういたしまして」

 

 揶揄ってくれたなら、まだ気持ちを発散出来て良かった。

 でも、なぜか今回はぶっきらぼうに言うと、苺谷は自分の水餃子を小皿へよそい始めた。

 まるで何事もなかったように!

 くっそ…………罪悪感に、羞恥心に、めちゃくちゃだ。

 いつか恩返しする機会あったら、絶対にやりようのない恥ずかしめをしながら復讐してやる。


「わぁっ……」


 小さな歓声に、忘れかけていた月見の存在を思い出す。

 そして見てみると、まんまるでもちもちした顔で俺たち二人を見ていた。


「あるっ」


 何があるか、ないか、聞くまでもない。

 自分が恋しているからって、これを恋愛の波動を感じるなら相当の節穴だな。

 苺谷も聞こえた上で言わんとしていることが分かったのか「お前、まじで?」と正気を疑うような冷たい目線で刺し。


「っあ、いや……その……なんでもなぃです」

 

 俺の『怒り』も含んだの視線に、月見は少しずつ縮こまって謝ってきた。

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