第32話何もしてないとか、羨ましいっ

シェンチェンマァントォウと水餃子、それとジンチャオロゥスゥを一つください」

「はい、以上でよろしいでしょうか? 追加がございましたら、QRコードからも注文できますので」


 苺谷が頷き、店員はスマホに打ち込む。

 そして遠回しに次はQRで頼んでくれとメニューの表紙を指差すと、次のテーブルへと向かった。


「はぁ……もう今日一日、護身術の授業で疲れたましたよぉ」


 ペターっと突っ伏し、回転テーブルで自分の頬を左右に揺らす苺谷。

 その顔を見ると、本当に疲れているようだ。


「護身術? へぇ、そんな事を教えてもらってたのか」

「そうですよ、モテると暴漢やらも多くなるから、自分の身は自分で守れる実力を持たないとって」


 苺谷はダンベルを持ち上げるように腕を回し「ほら、もう筋肉痛がすっごいんですよ」と疲労を訴え。


「あれ……先輩たちは違ったんですか?」

 

 俺たち二人が微妙そうな顔しているのに気づくと、コテっと首を傾げる。


「いや、俺たちは……何もしてない」

「え、自主って事ですか? うっわ、いいなぁーーー」


 そして正直に言うと、苺谷は心底羨ましそうに声を上げた。

 何もしてない、何もしていない以外に言いようがないが……羨ましがられると少しムカつくな。

 でも、多分この話すだけじゃ辛さを理解できない部分も罰に含まれているんだろうな。


「二度と羨ましいって言うな、Eランクにモテなくなる」

「うん、やめた方がいいよ」


 俺が真剣なトーンで注意すると、睡眠不足だった月見も乗っかる。


「っえ、なに、監禁でもされたんですか?」

 

 苺谷が冗談っぽく言い、最初こそ笑っていた。けど、俺らが否定できないでいると次第に真顔となった。


「分からないですけど、モテない人にはモテない人なりにスパルタな教育があったんですね」


 起き上がった苺谷はコップに水を注ぎ、回転テーブルに乗せて渡してくる。


「それで二人揃って、てことはモテたいって事ですか?」

「まぁ……要約するとだな」


 苺谷はこれまでの経緯を聞きながら、水を飲む。


「なるほど……保証しませんけど明日は水曜日休みですし、イメチェンなら手伝いますよ。

 でも、また気が変わったなんてトンズラしたら、覚悟してください」


 その釘を刺した返事に月見は気にもせずやったっ! と喜び。

 俺を跨いで手を握られ、ぶんぶんと振られている苺谷は『本当に分かっているの』と聞きたげな顔をしている。


「それと、ちゃんと私のこと広めてくださいよ」


 オーバーとも思える月見の表現に、満更でもなさげな彼女。

 だが、その視線がふいに鋭くなり、俺に向く。


「っち…………この嘘つき」


 僅かに漏れ出る声に、月見は気づかない。

 なんなら俺へ伝えるためですらない、羽音程度の舌打ちと悪口なのだから仕方ない。

 恐らく銭湯の一件だろうか?

 苺谷は俺へ『月見の恋心に気づいているか』探りを入れていた。

 しかし、今さっき伝えた内容は俺が何となく気づいていた事も含んでいて、不信感が募ったか。


「先輩も手伝うなら、握手しないんですか?」

「わーかった、わかったよ、俺も握手すれば良いんだろ」

「仲間ハズレは可哀想ですからね、月見さんもこういう気遣いをしないとですよ」


 僅かに目が合った言い訳でしかない苺谷の言葉に、俺は気づかないフリをして乗っかる。


「まじでぇっ?! あの王雨桐ユートゥン来てんの?」

「TikTokの有名人まで来ているとか、海外留学クラスすげぇっな」


 一段と店内が騒がしくなり、苺谷もパッと後ろを振り向いた。

 王 雨桐? 知らない人だけど、そんな騒ぐなら凄い人なんだろう。


「你好〜、こにちわ〜」


 お団子が二つある黒髪に、金色の刺繍が入った黒い中華服でスラっとしたボディーラインが浮き上がり。

 控えめな胸元にはハート型の穴が空いていて、そこへ手を振ったついでに戻すことで視線が誘導される。

 まだ幼さが残る顔だが、目元にある薄い黒いアイシャドウやピンクの口紅が妖艶さを醸し出していた。


「知ってるのか?」

「先輩、知らないんですか? TikTokでダンスが人気になり、倍率がぐんぐん上がっている子ですよ」


 腰を下げ、前屈の姿勢になったかと思えば、色っぽく手を口元に寄せて微笑む。

 それだけで1階にいた男子生徒の喉を鳴らす音が聞こえ、静かになる。

 うぁ…………苺谷より露骨な隠そうともしない男へのアピール、なにより凄く生意気なメスガキ感があるぞ。

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