第31話ガーンっ

「二人ともです」


 月見は「ごめんね」って申し訳なさそうにするが、いまいち納得がいかない俺は何も言わない。


「先輩はあれですよね、意図した行動には何も言わないくせ。変なところばかり見ててキモいですね」


 すると、今度は苺谷一人だけでメニューをめくりながら、ぶ 


「女の子にメイクしてなくても綺麗って言って嫌われるタイプですよね? 気をつけた方がいいですよ」


 明らかに俺へ向けた説教みたいな事をぶつぶつと言い始めた。

 なんかよく分からないけど、機嫌が悪いってことは分かった。

 俺は多分、地雷を踏んでしまったんだ。


「ぁ……ははっ……」

 

 気まずそうに頬を掻き、しれっと自分の席に帰ろうとする月見の腕を掴み。

 無理やり、右の席へと座らせる。


「あ、あの、私は自分の席に戻りたいんだけど」

「いいのか? 今は矛先が俺の方を向いているからいいけど、次はお前かもしれないぞ」


 手で口元を隠し、帰してと伝える月見に。

 苺谷に元の席で言われるより、俺が緩衝材としていた方が助かるんじゃないのか。

 そう、意図した助言を伝える。


「っあ……そうよね、二人で協力しよっ」


 さっきまで見捨てようとしたくせ、自分まで言われる可能性を匂わした途端にこれ。

 一体、どの口で協力とか言えるんだ。


「も、元といえば、夜桜さんが変に褒めるから照れたんですよっ! 私悪くない」


 俺の視線の意味を感じ取ったのか、月見が言い訳をしてくる。

 

「お前が見たいっ、なんて茶化すようなこと言わなければ、あいつも流せたんだよ」

「そうかもしれないけど、あの苺谷さんの恥部だよ? 見てみたいもん」

「まぁ……分からなくもないけど、お前の方がよっぽど恥部晒してると思うよ」


 何気なく言い返した言葉に昼間の件を思い出したのか、ガーンっ、と音が鳴りそうなほど月見がショックを受ける。


「うん…………そうだね、私の方がよっぽど」


 っあ、不味いことを言っちゃったか? そう思った時には遅かった。

 左にはぶつぶつ文句垂れている苺谷、右には落ち込んでいる月見が完成してしまった。


「ふぅー、ま、冗談はこれぐらいにしておきましょうか。私は水餃子にします」

「偉く長い冗談だったな」

「これも全て、先輩が変なところで褒めるからですよ」


 メニューを差し出されるので、黙って受け取る。

 そして苺谷の手が戻り、肘をついてこちらを見てくる。


「なんですか? 可愛い私に見惚れてないで、メニュー見て決めてください」

「いや、冗談っていう割にはもうめくってくれないんだなって」


 苺谷は眉をひそめ、バンっテーブルを叩いて立ち上がった。


「分かりましたっ、分かりましたよ! そんな馬鹿にしたいなら、やってあげますよ」


 乱暴にメニューを取り返し「どれがいいでちゅか、先輩?」と赤ちゃん声で一つ一つの料理を指差し、ピクピクと引き攣った笑みを向ける。

 

「まさか……機嫌悪かった理由って嫌味と思ったからか? 俺は純粋に良かったって言ったんだけど」


 乱暴にページを捲る苺谷の手が止まる。


「その、馬鹿にしてなかったし、嫌だったら謝るし、自分で見るけど」


 そしてこの後、月見の告白の協力もお願いもしないといけないことも考え。

 嫌な事をさせているなら、別に自分でするとメニュー見ながら伝える。

 

「いえ……そこまで言われるのなら、私が特別にめくってあげますよ。断るのも可哀想ですし」


 しばらく止まっていた手が動き出したかと思えば、苺谷は席に座って最初の頃のような優しい眼差しになる。

 そしてその頬はやっぱり、少しだけ赤かった。


「お前、やっぱ照れて——」

「センパイ? メニュー見てください。次、言ったり・見たりしたら引っ叩きますし、二度と食べさせません」


 苺谷の声色が一段と低くなり、そそくさとメニューに目を移す。

 怖っ! 絶対に見ないようにしよ。

 いや、分かるよ? 多分、兄妹とかいて癖でやっちゃったんだよね?

 無意識下で後輩じゃなくて、お姉ちゃんしちゃたんだね。お姉ちゃん。


「ところで、月見先輩はさっきから何してるんですか? ずっと自分の舌を引っ張ってますけど」

「あぁ……気にしなくていいよ、自分に罰を与えているだけ」

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