第23話トラウマ

「今から言うの全部独り言なんだけどさーあっ!

 わざわざ男と話しているとこ来る神経分からないんだけど、遠回しに鬱陶しいつってんのにヘラヘラヘラヘラとさ——」


 女子生徒は凄い剣幕で睨みつけ。

 尻餅をついて固まり、顔を見つめ返す月見へ、どんどん詰め寄ろうとした。

 

「違うッ、違う違う違う違う違う違うっ! ちがうちがうちがうちがうちがうチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウッ!」


 しかし、その歩みは。

 うずくまり、両手で自分の髪を引っ掻き、取り乱した月見の異常な行動で止まった。


「ハァっ……ハァハァハァアッ、違う、違うのッ、私は誰とも、ないのにッ!!」

 

 瞼を力強く閉じ、左右に頭を振り払い。

 落ち着こうとしているのか、細かい呼吸を繰り返していた。


「っち」


 突き飛ばした女子生徒は月見が取り乱したこと、まだ言いたいことがあるのにと不満げな舌打ちをする。

 けど、異常事態にこれ以上は自分の心象が悪くなることは理解しているようで、そそくさと離れ始める。


「俺元々東京住み、お前はどこから来た?」

「え、私? 茨城だけど……あの子」

「あぁ〜、いいところだよな。いばらぎ」


 そして金髪モヒカンの男はというと、もう別の女の子と会話を始めていた。

 

 なんだこれ……気遣ってやる奴はいないのか?

 かといってみんなが注目している中、月見の元へいくのも。


「恥ずかしい」

 

 吐息混じり呟きをして、辺りをうかがう。


「ん?」

 

 けれど、そこには予想していた光景と裏腹に。

 月見へ注視する人はほとんどおらず、視線を向けていたわずかな数人も興味なさげに視線を外していた。


「そうか、そうだな……ここはモテない奴らが集まるEクラスだって事を忘れていた」


 モテない奴らしかこの部屋にはいない。

 そりゃそうか、彼らが異性に話しかけている理由だって自分のため。

 ここで他人のために動く人たちなら少なからず、来るまでにモテているよな。


 最小限の心象とアピールですむなら、俺は俺のやりたい事をやろう。

 ヨイショッと立ち上がり、月見へ近づいて丸まった背中に手を伸ばす。


「大丈夫、大丈夫だから、何があったのか知らないけど、誰もお前なんて注目しない。そんな価値もないし」


 落ち着かせようと話しかけ、自然と摩り始めた手のひら。そこへブラジャーホックの感触がシャツ越しに伝わる。

 一瞬だけ、セクハラか? とよぎる。

 けど、ここでやめるとそれこそ変態っぽいので無心になって摩り続けた。


「スゥッ、スゥスゥ」


 意識をズラそうと引っかかる物言いまでしたが、以前として月見の呼吸は遅くなる気配はない。

 突き飛ばした女の子を遠ざけるための演技、という線も考えていたが本物にトラウマがあるのか。


「落ちつけ、過呼吸気味になっている。深呼吸で重要なのは空気を吸う事じゃない、吐き出すことだ」

「スゥクッ、ハァーーー」


 急なアドバイスに混乱しているようで引っかかった様な息遣い。

 だが、月見は言われた通りに息を吐き。


「とにかく吐いて吐いて、吐くことだけ意識だ。吸うことなんか身体が勝手にやってくれる」

「ハァー、ハァーーーーーぁ…………」


 素直に息を吐き続け、


「——ゴホッ、ゴホッゴホッ!!」


 そして苦しそうに咳き込んだ。

 愚直に言うこと聞きすぎだな、馬鹿なのか? 言うこと聞かない方が面倒だし、いいか。


「あ……ありがとう」


 心の中で少し謝っていると、気がつけばお礼を言われ。

 彼女の息遣いと表情を見ると、柔らかくなっていた。もう大丈夫そうだ。


「あー」


 なんか声をかけて戻ろう、そう思って口を開く。けれど何も言葉が浮かばない。

 だから俺は諦め、何事もなかったように再び壁側へ戻って座り込んだ。

 あぁ……実に陰キャらしい、気の利いた言葉が一つも出てこない。

 

 それにしても月見の様子、昨日の2人と三角関係かと思っていたけど、もっと複雑かもしれない。

 あの男『友達』を過去形で言ってたし、いじめでもしていた? それにしては仲が良すぎるから、あり得ないな。


「ハァ……ハァ」


 ゆっくり立ち上がった月見は胸に手を当て、アドバイス通り吐き出すことだけ意識していた。

 そして、興味の対象を別に移した金髪モヒカンを眺め。


「苺谷さんなら……簡単だったのかな、難しい」


 後悔の混じったため息をした。けれど、すぐ気持ちを切り替えたようで。

 頬を叩き、辺りを彷徨いて、月見はまた話し相手を探し始めた。


「あのぉ……っあ、すみません。そうですよね」

 

『昨日変わろうとしたの』のもモニターを見た後だと考えるに『これ』も全ては幼馴染の男のためか。

 次から次に手当たり順、男子生徒へ声をかけては無言で断られ。

 その度、平気そうな笑顔で誤魔化す合間、月見の顔は甘酸っぱい恋心を抱いた少女というにはあまりにも遠い。

 身勝手とすら思うほどの必死さ。


 昨日の時点で、もう幼馴染二人と彼女の間には確かな距離があった。

 人と人の距離感も遠く、輪郭すら捉えきれなくなれば、それは夢とそう変わらなくなる。

 彼女はモニター越しに、二人の悪夢をみてしまったんだろう。


「はぁ…………悲しい青春ラブコメは苦手なんだよな」


 しばらく色んな人へ声をかけ、うろちょろする月見。

 けれど、その度に断られ。




「俺の輝かしい高校デビュー、青春を邪魔する気か? お前はお前の青春を過ごすため、どっかいけ」

 

 気がつけば、月見は俺の隣でうずくまって、しょげていた。

 

「青春って……ずっと1人じゃないですか」


 ほ、ほぉー……負の感情が溜まっているのか、普段よりも気のせい強めな口調。

 刺し返してくるなんてな……少しだけ、ほんの少しだけだがカチンと来たぞ。


「海辺で竿を下ろしている人間は、魚釣りしていないと思うか?」

「むぅー……」


 月見は俺が言いたいことを察したのか、何も言えない不貞腐れた唸り声をあげる。

 そうだ、『釣り』は魚が食いつかない間も釣りをしていると言える。

 だから声をかけてくる待ちをしている間も、俺は女の子と二人、きゃっきゃっ青春を過ごしているとも言えなきゃおかしい。

 

「してない」

「そうだ、だから俺もしてない。分かったか?」

「うん、ここにいるね」


 俺の問いかけに、月見は俯いたまま答える。

 

 こいつ…………手玉に取られるのが嫌だから、竿を垂らしている釣り人の方を全否定しやがった。

 そこはしてる、って答える場面だろ。

 割と自分でも良い言い訳が出来たと思ったのに、もー台無しだよ。

 肯定しか想定してなかったから、自然と俺も青春してないことになっちゃったよ。

 

 

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