第22話頑張らないとっ

 そそくさと耳を塞ぐ俺とは違って、月見はまだ鈍臭そうに頭を傾げている

 わざわざボディータッチとかで、伝える程の仲でもないし……無視でいっか。


『——ブーーーーーーッ!!!!!』

「っゔぅッ?!」


 直後、予想通り鳴ったスタート合図に月見はうずくまり。

 そして「自分だけ耳を塞いでぇ」って言いたげにジト目で見てきた。


「……」


 それを無視し、部屋を見渡すとまだ様子見しているのか、生徒たちは誰も声を発しない。


「っけ! 何見てんだよ」

 

 唯一、終始行動的だった金髪ツーブロだけは機嫌そうに俺も含んだ生徒たちを睨みつけ。

 そして投げた靴を拾うと座り込んだ。

 

 そして1秒、1分、1時間と時間だけが過ぎ……いや、これは体感でしかないか。

 腕時計だろうと奪われた状況。もう1時間たったかもしれないし、10分しか経っていないかもしれない。

 終了時間と睡眠可能時間は言われたけど、あってないようなものだな。


「バンッ、ババンッ! カッ、カリカリカリ」

 

 そして無音だった部屋ではいつのまに叩き、爪でひっかき、耳障りな音を鳴らす人が現れていた。


「ッチ」

 

 その騒音が嫌で次第に耳を押さえ、壁に頭を打ち付ける人が現れた。

 報酬がゴミだろうと我慢大会である手前、無視される可能性が上がる事は誰でも想像できる。

 ただでさえ知らない人+異性って壁は高いってのに。


 あれは……待ちだろうな。

 声をかける勇気はないが無音に我慢できなくなった。

 おおかたそんなところか? 注意されることを期待し、そこから会話のとっかかりを得ようとしてるんだろう。

 しかし、あの一番うるさい音を出している男子生徒は客観視ができてないな。

 相手の立場から考えてさ。

 爪引っ掻いたり、頭叩きつけたり、そんなことする奴は——正直、めっちゃ怖い。

 

『ちょん、ちょん』


 色々と可笑しなルールだ。

 ゴミの報酬、同性との会話を退学と脅してまで禁じ、失格前提で異性となら会話して良いと許可しているとも取れる。

 しかし、それだけなら雑音が鳴り響く前にやる気のない陽キャが早々に女の子へ会話しそうだが……。

 みんなが黙っているのは同じく『説明』に引っかかったから? それとも純粋に悪目立ちしたくないのか?

 

 まぁ、どちらでもいっか……我慢なら得意だし、ある程度待ったら騒がしい奴の隣にでも座ろう。


『グイッ、グイッ』

 

 再び目を瞑ろうとした時、制服が引っ張られる。

 薄目を開け、他でもない隣を見てみるとぐりぐりと耳に手のひらを押し付け。

「もう、我慢の限界っ」と叫びそうに目を見開いている月見がいた。

 

「——ッぁ」


 そして小さい口から声が漏れ。


『っぬる』

 

 俺は有無を言わせる間もなく、反射的に月見の口を塞ぎ。壁に押し付け、肘で胸を押さえつけた。


「ッ、ぅン」


 ふわっと優しい柔軟剤の香りが漂い、少し遅れてそれが月見の身体から発せられたものだと理解する。

 そして少し冷静になった俺は月見のブラジャーの感触が肘から伝わり。

 視線を下げると圧力から逃れようと、シャツから胸が弾けそうになっていた。


「……」

 

 話すな、という意図は伝わったようで、大人しく月見は腕を叩いて離して欲しいと訴え。

 その指先はふやけていて、帰ってからの努力が見て取れた。

 もう大丈夫だろうと俺はゆっくりと体重をかけるのをやめ、そして口から手を離した。


「っあ、ご、ごめんなさッ」


 どんどんと赤くなっていく月見の頬に、見てみると俺の人差し指からヌルッと糸が月見の口まで伸び

 そして小さな唾液がポタっと床へと落ちていく。


「わた、わたし、子供の頃から唾液の量が多い体質で」


 ポケットからハンカチを取り出すと、月見は慌てて唾液の橋を崩壊させる。

 そして俺の手を念入りに拭いた後、自分の口を拭いた。


 これが好きな人がいない女の子だったなら、興奮していたかもしれないが……あいにくとその幼馴染と会った後じゃ男の唾液と変わらず、変な気持ちも起きない

 より一層と萎縮していた彼女に、とりあえず平気だと手を振って伝える。


「黙れッ!! 次、爪で引っ掻いたり頭叩きつけた奴は殴るぞ!」


 そして少しばかり気まずい時間が流れ、突然、後ろから大声が聞こえ。

 振り返ると痺れを切らしたのか、金髪ツーブロが手を叩き、


「ここにゃ誰か話さなきゃ喋れねぇ腰抜けしかいねぇのか? 貰えるものは所詮空気だろ、誰か話そうぜ」


 そして女の子たちへ手招きをしていた。

 静かにスピーカーを確認するが5秒、10秒経っても反応がなく、放送もされない。

 なにも……ないのか?


「あの、じゃ私と話しませんか?」


 その掛け声に同じく気の強そうな女の子が声を出した事を皮切りに、


「あのさ、じゃ俺たちもその……話さない?」

「っえ、うん……いいよ?」


 あちこちで会話する人たちが次々と現れ。

 気がつけば、爪や頭から奏でられる狂音は消え、男女の声があちこちから聞こえ始める。

 

 だけど何もない、何も起きない。

 それなら月見をわざわざ黙らせた俺の立場はどうなる? めっちゃ恥ずかしいっ。

 

「もう話しても……大丈夫? はぁー、びっくりした」


 どんどん熱くなっていく顔を、壁に寄りかかって俯くことで誤魔化す。

 ガソゴソと衣服が擦れる気まずい音を出し、月見は何事もなかったように制服を整え。


「その、ごめんなさい」

「ううん、大丈夫」


 それだけ言うと月見は黙って隣に座り込み、ニコニコと自分の髪の毛を手のひらへ乗せて差し出してくる。


「なんだ」

「もう全然臭くないでしょ? 夜遅くまでお風呂入って、生ゴミに髪を入れるのもやめたんだ」


 ぐいっと更に髪の毛は近くになり、言わなくても「嗅いでみて」という意思は汲み取れた。

 なるほど、なるほど……それはつまり、今までは散々生ゴミに浸からせていた下手なキムチよりゴミに浸かってあった髪を俺に?

 さっきの報復兼、確認か? なかなか根性が座っている。

 お詫びも兼ねて試しに顔を近づけ、鼻で息を吸う。当然、さっき臭わなかったんだから良い香りしかしない。


「鼻、治ったな」

「あはは……確かに少しおかしかったかも、おかげで少し眠いけど」


 ゆらゆらと身体を揺らし、月見は深呼吸して俺を見てきた。

 

「どうして喋っちゃダメだと思ったの?」

「ん? スピーカーの人物はルールを開示だと言った。

 だから一番我慢した者への報酬は伝えられたけど、一番最初に我慢できなかった者にバツを与える可能性も考えたんだ。

 もっとも余計な心配だったみたいだけど」


 太ももに肘を起いて頬に手を当て、気だるげにしていると月見が「確かに、すごいっ」と小声で褒めてきた。


「じゃ、じゃぁ、何が目的かも分かったりする?」

「分からない」

「さ、流石にそうだよね」


 即答すると月見は落胆を隠すように微笑み、会話はそこで途絶えた。

 元々、俺ら2人とも会話は上手いタイプではないだろうから、会話のデッキがないんだ。

 考えがないというのは嘘だが、間違っていたら責められるかもしれない。しかし、気まずいのも嫌なもんだな。

 

 退屈で強制的に会話させ、異性を砂漠のオアシス的な存在にさせること。

 そして我慢大会という名目上、話すという行為には開放感、悪いことさせている罪悪感もつく。

 そのことを利用して一種の吊り橋効果を異性と発生させようとしているんじゃないか? とは思うが。


「異性と仲良くする事を点数化してたりするのかな」

「そうかもしれないな」


 体育座りしながら身体を前後に揺らして話しかけてくる月見に肯定する。

 学校の発言の信用度が分からない以上、我慢大会がフェイクでそういう可能性も十分ある。

 

「そっか……それが目的なら、私も頑張らないと」


 ふぁー、と欠伸をしていると。

 横にいた月見は自分の頬を叩き、何やら気合いを入れて立ち上がった。

 そしてそのまま正面にいる人物たちの元へ向かい始める。


「あのっ、私ともお話ししませんか?」


 けれど、既に静止なんてできるタイミングはなく。

 月見は他にもいる中、よりにもよって既に会話している金髪ドクロネックレスの男子生徒へと声をかけた。


「あ? あぁ?」


 ボサボサ頭で近づいてきた月見に男は当初、嫌そうに目を細める。

 けれど、その目も視線が顔、首、胸と下へ行くにつれて態度と共に柔らかくなった。


「全然、俺は構わないよ。大丈夫だよな?」

「うん、私も全然平気」


 そして最初に会話していた女子生徒からも許可が下り。


「じゃ同性同士が会話しないよう、気をつけながら仲良く話そっか」

「退学は流石に嫌だもんねー」


 金髪の男と女子生徒の手招きに月見はトコトコと近づき。

 男が仲介する形で2人のグリープに入り、そして自己紹介も含む談笑を始めた。


 あーぁ、最悪だな。

 金髪の男も月見も気づかなかったのか? 俺の視界からはバッチリ見えていたけど。

 あの女子生徒、手のひらが赤くなるほど握り締めていたぞ。

 まぁ、会話してれば表情とか雰囲気から気まずさが滲み出てどっちか抜けるか。



 


『——ッドン!!!』

「ッぇっ……?」


 しかし、予想とは裏腹に月見も女子生徒もグループから一向に離れる気配なく。

 気がつけば女子生徒は青筋を立てて息を荒げ、月見を突き倒していた。

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