第15話良い男女別浴

『……カコン』

 

 岩に当たり、山を流れる綺麗な清流で満たされた竹から心地よい音が響く。

 ま、それはあくまで脳内に浮んでいるだけで、実際はボロボロなスピーカーが設置されている銭湯。

 鏡は水垢で8割見えず、シャワーヘッドは欠け、ハンドルも上下にしか動かないはずが、力を入れたら取れそうなほどにユルユルと左右に動く。

 床のタイルはところどころ黒カビが生え、剥がれ、冷たい隙間風がどこからか吹き込む。

 そして肝心の湯船は一つしかなく、ジェットバスのような豪華なものもあるわけがない。

 

 実に良い銭湯……か、侘び寂びは感じるか。

 混浴施設に国が助成金を出すと決めてから、昔ながらの男女別浴は減ったと聞いたけど残ってたんだな。

 人が多いところだと、今の月見ではテロだと騒がれる可能性もあるし、悪くないチョイスではある。


「ちょっ、先輩ダメですよ。洗い方が全然なっていませんっ! やってあげます」

「っえ……えぇぇぇッ?! で、出来るから」

「っあ、ちょっと異臭撒き散らして逃げないでください。私が手伝うと言った以上は完璧に仕上げますッ!!」


 他の客もいない中で適当に頭を洗っていると、吹き抜けになっている頭上から女子風呂の声がガンガン漏れ。


「まずはブラッシングで丁寧に汚れが巻き付いた髪をほぐし、予洗いをめっちゃするんです」


 聞かれていると分かったら文句言われるかもしれないので、出来るだけ息を潜めて湯船へ浸かる。

 ほー、ここはサウナもあるのか今時珍しい。

 十数年前は身体が整うとか言われていたけど、血管ボロボロになってデメリットの方が多いと言われて廃れたんだっけ。


「次にシャンプーを泡立て。っあ、そんなゴシゴシではなく、地肌をマッサージするみたいに洗ってください。髪の方は撫でて」

「ゔっ、ゔゔゔぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ」

「なんですか……? 唸ってもダメですよっ」


 汗だくになりながらサウナから出て、逃げるように水風呂へ浸かる。

 あぁ…………やっぱい。

 これ、失神しそう、血管の中をながれる血が一気に圧迫されて頭に流れ込んでくる。

 この感覚は癖になる。でも寒くなってきたし、湯船に戻ろう。


「まだですよ、トリートメントとリンスが終わっただけで身体もまだ洗ってないんですから」

「か、身体はさっき自分で洗ったから」

「シャンプーはボディソープの変わりになりませんよっ!! それに先輩の場合は何度洗っても良いぐらいです」


 女の子のお風呂は長いと分かっていたけど、それでもなっがいな……もう入ってから20分以上経ったってのにまだ湯船に入らず、洗っているのか。

 

 そろそろのぼせそうだし、俺は出ようかな。

 ガッラ、ガララっと引っかかる横ドアを開き、制服を身につける。

 暖簾をググり、年季の入ったおばあちゃんが座っている受付兼休憩所へ戻る。

 そして側にあった冷蔵庫を開き、牛乳へと手を伸ばす。


「ふぅー、これこれ、風呂入った後はこ——」

 

 癖で伸ばした手。

 だが、それはコーヒー牛乳、フルーツ牛乳に紛れて変哲もない顔で鎮座する物体で止まった。

 ビン入りの『あずきヨーグルト』


「食物繊維、ポルフェノール豊富……明日の健康のために飲むヨーグルト?」

 

 上にあるラベルには、新潟の入浴施設だけだったものを取り寄せてみました?

 他は値段と対して変わらないし気になる、飲んでみるか。


「PayPay〜」

「はい、200円ちょうどですね」


 起きているかすら怪しかった細目なおばぁちゃんに、針で蓋を開けて貰い。

 破れ、黄色いスポンジが見えている長椅子へ座りながら、少し口へ含む。


「……ん?」

 

 飲むヨーグルトの爽やかな甘み、とすっきりしたサラサラな喉越し。

 ただのヨーグルト……とあんまり変わらない、どこがあずきなんだ?


「騙され——ッ」

 

 そう思っていたところ、わずかに感じる粒子状になった小豆の皮とそこから出るコク。

 乳牛たちが「もぉ〜」と好き勝手叫んでいる中、指揮者『あずき』が華麗に登場。

 熟練の腕で指揮して、一曲聴き終えたような心地良い余韻が喉にくる。

 

「……美味いな」

 

 糞を連想するからあずきは好きじゃなかったけど、これは中々……どうして。


「ごぐっ、ごぐっ」


 別に砂糖で甘くするんだったら、小豆じゃなくてもピーマンでもナスでも良いと思っていたけど


「……プハァ」

 

 空になったビンを黄色い箱へ入れる。

 買ってよかった、牛乳よりも好きかもしれない。


「これで健康にもなるって言うなら、最高だな。俺、グッジョブ」

 

 飲んでただけなのに謎の達成感を感じながらスッキリ。

「ふぅーー」っと汗を拭い、女風呂の暖簾を見る。

 

「で、どうして俺までここにいんだ?」

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