第14話Re:臭いです
「ご、ごべんなざい、実は朝があ具合が悪ぐで」
鼻声で握手しよう手を差し出す苺谷。
けれど、その手は小刻みに震えていて、額には汗が滴っていた。
それ……具合が悪いというより、ストレスじゃない?
「月見……夕愛」
月見と自己紹介した女の子は、分かりやすい嘘で我慢をする彼女の様子に戸惑い、文句を言いたげに俺を睨みつけてくる。
人避けに使おうとした事はバレてるんだろうけど、近づく選択をしたのはあいつだろうに。
「臭いこと自覚しているから、取り繕っても仕方ないぞ」
指で鼻の下を擦っているフリをしながら塞いで、必死に笑顔を保っている苺谷は信じていないのか。
『分かりやすい嘘を』とでも言いたげに眉がピクっと動く。
しかし、それは月見が恥ずかしがりながら髪で顔を隠したことで、間接的に証明してくれた。
「あの、お風呂が嫌いなんですか?」
「別に……好きですけど」
もじもじと目を泳がせ、帰ってきた返答に理解が追いつかず、固まった苺谷。
おそらく同じ事を思っている。
『好きなのに、なんで入らないんだ? 分かりやすい嘘を』みたいな事だろう。
それでも彼女はヒソヒソと眉を顰め、小声で月見の悪口を言うカップルに気づき、
「ガチャンッ!」
「ッ——」
月見の手を苺谷が突如握り、口に運んだ後のスプーンが落ちた。
「ご飯食べたらお風呂入りましょうっ! 先輩ッ!! 明日まで自由時間だったはずですし、近くに良い男女別浴の銭湯知ってますんで」
「い、いや……こ、このまま、臭くいる」
突然の提案にたじろぐ月見は、首を振りながら左手で振り解こうとした。
けれど、いざ触れようって時……その力は弱まり、撫でるようなものになっていた。
「っえ、なんでてすか? お風呂が好きなんですよね? 入りましょうよ、洗ってあげますから」
「いっ、いー、じ、自分で入れるから」
なぜ?
そう頬杖をついて眺めていると月見の視線が、一瞬だけ遠くにある別クラスを映すモニターへ移り……僅かに唇を噛み締めていた。
人間関係、それもこの学園に来ているのか。
そしてせめぎ合っていた感情が、モニターに映っていた誰かによって傾いたと。
興味はないけど、背中ぐらいは押してやるか。
「よく分からないけど、風呂が好きなら入れば? 臭いし、なぁ?」
同意を求め、周りのカップルを見る。
苺谷はここまでの問題児を自分がビフォーアフターしたら、評判が上がるとでも思っているんだろう。
けれど、俺の問いかけに彼らは何も言わず、「は?」と言いたげに見つめていた。
「っあ、あー……」
一気に心も頭も冷え、恥ずかしさからテーブルにうつ伏せる。
そうなるか、やっぱそうなっちゃうか
っえ……まじで? ここで賛同してくれないの?
無駄に注目浴びるだけ浴びて無視とか惨めすぎるない?
付き合ってるぐらいの陽キャなら乗ってくれても良くない?
つら……もう、黙ってよう。
あーもう黙って帰ろうかな、1時間制限とかもう知らないし、無理矢理にでも帰ろうかな。
寝る前まで何回も思い出して後悔するどころか、数十年後も思い出すトラウマになったよ! 絶対。
「はい、ドクターフィッシュも全滅するぐらい臭いです。ねっ!?」
苺谷の声が聞こえ、白黒になりかけていた世界に温かみが一瞬で戻る。
おま……え?
押し時と判断してくれたのか、気遣ってくれたのか分からないけど、乗ってくれた……のか?
俺はお前という人間を誤解してたかもしれない、ありがとう、まじでありがとう!!
乗ってくるのはありがたいけど、ドクターフィッシュ全滅って……いくら何でも言い過ぎじゃないか?
「わ、わかったから……行くから。だから、そんな臭い臭い言わないで」
そして俺ら二人の努力の甲斐があってか、月見は顔を真っ赤に心よく受け入れてくれた。
ふぅー……良かったな。
俺も恥ずかしくなくなったし、臭いの原因も苺谷が排除してくれるだろう。
そしたらあとは女の子同士、二人仲良く風呂に入り、俺は帰る、ハッピーエンドだ。
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