第13話孤独の猫

 必死な形相で否定し、制服の内側をくんくんと嗅ぎ、


「ち、ちゃんと香水はつけたし、少しは良い匂いのはずだよ」


 しばらくすると、眉を顰め「うーん……? うんっ」と満足げに頷いた。

 可哀想に、鼻がおかしくなってんだな。

 それはそれとして嬉しかった訳じゃなかったんなら、失礼なことを言ってしまった。


「香水をつけて誤魔化しても、元の匂いは消えるわけじゃないぞ」


 じっと彼女を見据え、監察する。

 ぱっちりとした二重に蒼い垂れ目、鼻が高く小顔。

 伸ばし放題な黒髪のせいで身体の全体像が分かりにくいが、胸も苺谷より大きいDカップほどで、ウエストも引き締まっている。

 メイクしてネットでダンスやピアノでもすれば、すぐ這い上がれそうな素材。


「それは……そうなんだけど」


 歯切れの悪そうに言葉を詰まらせ、枝毛だらけな髪を触る。

 

 今朝、会った時から臭いことは自覚している。申し訳なさも感じているから心が死んでるわけでもない。

 そんな状態なのに、わざわざ風呂に入ってないって伝えてきたことが引っかかる。

 蔑まれたい欲望がないなら、それは……自傷か? わざと自分を傷つけているのか。


「まぁ、臭くても臭くなくても、俺にとってはどうでも良いことだけど」


 ちぐはぐで矛盾だらけな歪な言動、やりたいことと、やりたくないことが混ざり合っている。

 本人ですら理解してない状態、そんなのを他人があれこれ考えたところで疲れるだけだ。

 


 

 会場へ戻ると大半の生徒たちがトイレを見ていて、俺が出ると誤魔化すようにカップルとの会話やご飯へ視線を移す。

 まぁ……さっきまで裏切りの喧嘩は外まで聞こえてただろうな。

 これで倍率を互いに上げ合う行為をしたくても、見捨てられることが脳裏をよぎって動いてくれなくなった。

 スマホ画面を見せ合っての八百長、なんて捕まるような愚行もできる訳がないしね。

 くっそ!

 俺がもっと早く動いてたら、嘘も付かずお互いハッピーエンドだったのに。

 いや…………そんなメリットデメリット考えた俗物的手法で倍率上げても、俺が夢に見たような青春とは言えない。

 そう、だから俺が早くついて提案されても、きっと断ってた。そのはず……きっと。


「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われなきゃあ、ダメなんだッ!」

 

 くぅ………じゃ、別に今の状況も関係ないな。

 そんな事を思っていると、テーブルを叩くような音が聞こえ。

 見てみるとぶよぶよに頬を弛ませ、太った男子生徒。


「それをぶつぶつぶつぶつぶつとぉ、うっさいッ!!!」

 

 先ほど俺がやられたように惚気話で食事を邪魔されたのか、堪忍袋が切れたようで、米粒をカップルへ撒き散らし、叫んでいた。

 あの人も同じだとすると……ここのカップルは全員、俺たちを惨めにさせ、嫌がらせするよう言われているのかもしれないな。

 それにしても話しかけられたぐらいで怒るなんて、ご飯に命をかけてるな。


「さて、気を取り直してっと」


 中央の馬鹿でかい柱の鏡に取り付けられたD〜Aクラスが映るモニターを覗く。

 すると、ちょうど会場を出ていった男がDクラスの会場へ入っていく姿が映っていた。


「いやぁ、色々見て回ったら遅れちゃって」


 あくまで嘘にならない言葉を話し、人当たりのいい笑顔で会話の輪へ入っていく。

 Eクラスにいたことなんて余計なことを言わない、実に社会性のある男子生徒だ。


「俺も何か、Eランクを抜け出すアイディアを考えなきゃな」


 モニターが取り付けられた鏡に触れ、指と指を触れ合わせるETごっごをしながら思考する。

 誰か特定の異性と仲良くなる? 利用したみたいな関係も嫌だからなぁ……却下。

 

 それなら逆に狙っている女子がいるような男へ近づき、その女子と会話して嫉妬心で調べさせるか?

 同じ女の子を狙うライバルになるかもしれない奴の倍率、あっちは確実に下げたいだろうから調査する時間を普通なら取るよなぁ。

 

「そんな音も出ないモニター見て、よっぽど羨ましいですか? 先輩」


 かといってなぁ、後ろで声をかけてきた苺谷も役に立つとは思えない。


「はぁ……どしよっかな」

 

 ため息を吐き、手段はないのかっとゆっくりと鏡から手を離す。

 背伸びをし、ついでにDクラスと書かれたモニター全てを隅々まで確認するが苺谷の姿はどこにもない。

 背中には指が当たり『み・つ・け・た♡』と感じる。


「すぅ……」


 僅かに画面から反射する、これみよがしに胸へつけられた『D』と書かれたワッペン。

 なんだ、クラス間で自由に行き来できたのか、それなら無理して倍率を上げる必要もないな。

 それにしても振り返りたくないな、このまま知らないふりして帰れないか?

 というか、あの言い草で追い返したのにまだ絡んでくるのか。

 ——まさか……バレたのか? 俺が最低倍率だって。それで復讐というか、嫌がらせできたのかッ!?

 俺は遠回しに誘導してあげたってのに、恩知らずな奴めッ!!

 

『ガシャガシャ、ガダガタッ』

 

 そんなことを考えていると複数の食器と椅子が動く騒音が聞こえ。

 見てみると異臭を放っていた女の子がパイナップルチャーハンを食べようとし、カップルたちが逃げるように席から離れているところだった。


「良いのか……最低倍率と出会うかもしれないぞ」


 この恩知らずに一応、気づいているかどうかの鎌をかける。

 万が一、まだ気付いてない可能性があるからな、万が一。

 

「はぁ……Eクラス会場も色々ありますし、一番安全そうなのを選んだに決まっているじゃないですか。先輩、もしかしてまだ私を馬鹿にしてませんか?」


 良かったぁアッ! 恩知らずじゃなくてまだ馬鹿だッ!! 助かったっぁぁぁ。

 あんな感じで別れたけど、餌を取るためなら何事もなかったように話しかけて来れるタイプってだけで。

 ハートは怒りの現れでもなんでもなかったのか!


「そんな事ないよ、お前はびっくりするほど頭が回る」

「えっへ、そんな褒めても何も出ませんよ」


 後ろにいる馬鹿は嬉しいのか、声色が一段階上がる。

 それにしても勘弁してくれ……一番安全そうだから選んだここが、一番自分の首を絞めている場所じゃねぇか。

 もうバレた後のことを考えるだけで、ヒヤヒヤしてたまらない。


 

 っあ、そうだ。

 ちょうどカップルが退いてくれたし、食べた後の席をとやかく言われていないし……あの臭い女の子で引き剥がせばいいじゃん!


「んぅ、先輩どこ行くんですか? というか、なんかこの会場少し匂いません? 残飯でも食べて——」


 異臭がする女子生徒の向いに座り「名前は?」と聞く。

 そこまで来てようやく、後ろをついてきた苺谷も異臭の原因に気がついたのか。

 瞳孔が開き、猫ミームの猫のように口を開けながら周囲の反応を確かめ…………。

 じぃぃぃぃぃぃ、と馬鹿でかい目で俺の方をガン見してきた。


「なんだ、文句があるなら声を出せ。声を」


 苺谷は余裕がないのか、俺を無視。

 急いで食べてきたであろう昼食をゴクゴクと吐き出したいのか、波打つ喉元を幾度か触る。

 

「耐え……耐えなきゃダメ、ここは意地でもこいつと優しさの格が違うって見せるどごろ゛」


 言い聞かせるような小声に、首を絞めながら耐え、静かに俺の隣へ座った。

 そして何事もなかったように微笑み、


「こ、こんにちは、私もおは……おはな——ごッ、ゴッぇぇぇッ、おぇッ!!」


 おおよそ女の子から出たと思えない、汚ならしい嗚咽音を出してえずいた。

 

 意地でも人当たり良さそうな行動をしようと頑張ってたのは分かるけど。

 結局……俺にも、あの子にも失礼なこと行動しかしてないな。こいつ。

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